「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第3夜 矢野初登場編】

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

前回までの話。

「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第2夜 たらればメンター編】

初声掛けを達成した若者は、と言っても無視だったのが、もうちょっとナンパをやってみようという気になっていた。ナンパ熱が再び高まってくるにしたがって、また、更新の確認をやめていたナンパブログも読むようになっていた。というのも、若者は来るゴールデンウイークという長期休暇に向けて、再びナンパ旅行の計画を立てることにしたのだ。

 

ゴールデンウイークまでは、あと10日だった。毎年毎年この時期になると、有給の取り方によっては、例年より長いなどど言われているが、若者は有給の申請をしておらず、前半は家でゆっくりして、それから仕事をして、後半の休みに東京への旅行を計画していた。

(ホテルとかまだ空いているかな。でもゴールデンウイークは逆に東京空いているって聞くしな)

(ちょっと見てみるか)

(おっ、意外に空いてるな。ナンパ目的だし、あわよくば女の子とラブホテルで…なんてこともあるだろうし、安いホテルに泊まろう)

 

ナンパの腕は全くと言っていいほど上がっていない若者であったが、そんなことは忘れ、ゴールデンウイークナンパ旅行計画をワクワクしながら練っていた。

 

若者は、ゴールデンウイークまでの仕事を、難なく乗り越えることができた。向かう先に楽しみなことが一つでもあれば、嫌なことにだって目をつぶることができる。

 

こうして来るべきゴールデンウイーク休暇、若者は再び東京の地に立っていた。

 

(今度こそやるぞ)

 

今日はある人のアドバイスもあって、渋谷のホテルに宿を取っていた。

 

(やっぱり渋谷は人が多い)

 

いくら、ゴールデンウイークは意外に東京は空いていると言っても、ここ渋谷はそうはいかない。できるだけ人と目を合わせないようにしながら、若者はスクランブル交差点を歩いた。

 

ホテルに着いた若者は、17時になるまでホテルで時間をつぶすことにした。若者は17時にある人と会う約束をしていたのだ。若者が会う予定のある人とは、「矢野翔の東京ナンパ物語」の運営者、矢野だった。

 

若者は矢野のブログの熱心な読者であり、何度かメールのやりとりをしていたのだが、このたび、「ゴールデンウイーク東京来る予定なら一緒にナンパしましょうか?」という話になったのだ。

 

(下手に出歩いて、またナンパやる気なくなったら嫌だし)

(今回はもう観光なんてどうでもいい。何が何でもナンパで成果を出してやるんだ)

 

シャワーを浴びて汗を流した。普段よりも丁寧に、わきの下や足の裏を洗い、歯を磨いた。

 

約束の時間30分前になって、若者はホテルを出た。若者は矢野のアドバイスに従って、門限なしのホテルに泊まっていた。

 

待ち合わせ場所は渋谷の喫茶店だった。

若者は迷うことを心配し、少し早めにホテルを出たのだ。スマホの地図アプリでは、現在地から7分となっている。

(なんで喫茶店なんだろう?渋谷の待ち合わせと言ったら駅前のハチ公前じゃないのか?)

道に迷うことの多い若者だが、今回はスムーズに目的地まで着くことができた。

(ここか)

着きました。

若者は矢野に到着のメールを入れた。

 

窓側の席にいます。

すぐに矢野からの返事が来た。

 

若者は都会の喫茶店のオシャレな雰囲気に気後れしながらも、喫茶店に足を踏み入れ、キョロキョロと店内を見回した。

 

そしてすぐに、若者には、店内にいる誰が矢野なのかがわかった。

 

窓側の席ということで選択肢は狭められていたのだが、それにしても、このゴールデンウイーク真っただ中、このオシャレな喫茶店に1人でいる男は矢野1人だった。

若者が恐る恐る近づくと、矢野は「こんにちは」と笑顔で若者に声を掛けた。

「どうも」

若者は、チャラチャラした下半身で物事を考えていそうなチャラ男が来たらどうしようか?と不安でたまらなかったのだが、矢野はどこにでもいそうな笑顔が眩しい20代後半の男だった。

「あっ、外暑かったですよね?座ってください。何にしますか?買ってきますけど」

「えっ?」

「いやいや自分で行ってきますよ」

若者はすぐにカウンターに向かった。

「アイスコーヒーのSサイズでお願いします」

 

若者は、アイスコーヒーを持って席に着いた。

 

「今日来たばっかりですよね?」

「はい、3時間前に着きました」

「荷物少ない、というか財布くらいしか持ってなさそうですしW、もうホテルチェックインしたかんじっすね?」

「はい。教えてもらったホテル取りましたよ」

「そうですかw2泊3日でしたっけ?」

「そうです。観光の予定何もないですw」

「さすがっすねw」

「今日はわざわざありがとうございます」

「暇なんで大丈夫っすよ。こちらこそいつもありがとうございます。お会いできてよかったです」

 

それから若者と矢野は、すぐにナンパの話に話題をうつした。

「まだあんまり声掛けるのあれなんですよね?今日はいけそうですか?」

「どうでしょう」

「声掛ける時に何言うかって決めてます?」

「一応は」

「どんなんですか?」

「すみません。今日旅行で東京来て、これから夕食食べようと思ってるんですけど、何かお勧めありますか?でいこうと思ってます」

「ふつうにいいですねwそれでいきましょう」

「いいんですか。ありがとうございますw」

「いや、すごいタイプだったんでーとか不自然に言うよりも自然なかんじでいいんじゃないっすか」

「じゃあ声掛ける時のセリフはそれで統一で、問題は話聞いてもらえた後ですよね」

「もんじゃ焼きがお勧めですよってかんじで食べ物名で言ってもらえれば何とかなりますけど、お勧めの店勝手に連れてかれて、めちゃくちゃ高い店だったら最悪じゃないっすかw」

「そうですねwどうしましょう?」

「じゃあもういっそ逆に、東京って名物ないですよね?っていう声掛けに変えてみません?」

「えっ?」

「考えてみたら東京って逆に、ご当地グルメみたいなの思い浮かばないんすよねw何でもあるけど、何の特徴もない気がするんすよねw居酒屋ばっかりだし」

「他の県とかなら、俺もそういう声掛けしたりするんすよ。大阪で、おいしい串カツ屋知ってそうだったんで声掛けたんですけどってなかんじで」

「てか話してたら、東京のご当地グルメ気になってきました。どうぜ鍋とか?」

「どぜうってどじょうですか?」

「そうですwでも声掛けた女の子とどぜう鍋食べに行くのは嫌っすよねw」

「嫌ですねw」

 

「じゃあやっぱ、ご当地グルメないっすよね?っていうのにしません?すみません。今日旅行で東京来て、これから夕食食べようと思ってるんですけど、東京のご当地グルメ何か知ってませんか?で」

「これで、相手はたぶん、え~、う~んみたいな反応になるから、それに対して、やっぱないっすよね?自分さっき調べたんですけど何も出てこなくて、聞いたほうが早いかなと思って。そうだ、一個出てきました。どぜう鍋です。知ってます?どぜう鍋。これに対する相手の反応は、どぜうってどじょうのことですか?と知らないですの2つ。知ってるって答えたら、え~マジですか!食べたことありますか?、知らないと答えたら、どじょうっているじゃないですか?それを煮た料理のことらしいですと答える」

「どぜう鍋はどうでもいいんだけど、とにかく会話を繋げることを意識する。頃合いを見て、ちなみに東京出身ですか?と質問する。渋谷だと、石を投げれば上京組に当たるんで、東京出身じゃない体でいきます。それで、相手が答えた場所を使って連れ出しのオファーにつなげていく。もしも自分と出身が同じだったら、めっちゃラッキー、それだけで少しラポールが築けるから。その可能性は低いけど」

「次に、相手が答えた場所のご当地グルメを聞く。たとえば広島って答えたら、広島か!じゃあ広島のご当地グルメは?自分の出身地のご当地グルメならさすがにわかりますよね?と」

「それに対する相手の答えは、う~ん、何か具体的な料理名、お好み焼きかなとか、わかんないとか、それに対してはありがとうとか何とか言っておけば大丈夫です。次に、自分の出身はどこどこで、〇〇の仕事してるんですけど、ここでちょっと自己開示を入れて相手のナンパに対する不信感を取り除いておく、自分のところのご当地グルメは〇〇ですよと言う。その後、あっ自分の話はどうでもよかったっすか?で締めると」

「ここまで来てやっと最初のオファーを入れます。なんか食べ物の話してたらお腹空いてきません?ちょっと気になってるとこあるんで少しだけ行きませんか?すぐ近くなんで」

「ここまでが一連の流れです」

 

「けっこう長いですね。覚えられるかな」

「覚えなくて全然大丈夫ですよ。流れの例を出しただけなんで。実際に声掛けたら文字通りには進まないんで。相手の返答は多少は予想できますけど、声を掛けた時の相手のテンションがあまりにも低かった時は会話を続けづらいし、それに対して、笑顔で話を聞いてくれるような相手だったら、普段言わないような冗談を言えることもありますし」

 

「じゃあ連れ出す店と、うまくいった時のためのラブホテルのリスト送っておきますね」

「えっ、そんなのあるんですか?わざわざありがとうございます」

「いや、これいつも自分が使ってるルートと一緒なんで」

若者がスマホの受信メールを確認すると、そこにはたくさんのサイトのURLと簡易的な画像が添付されていた。

「店が3軒、一応一番上に載せたやつが一番いいから優先順位1位で、あとの2つは席が空いてなかった時用の店です。ラブホテルは価格帯別に3軒ずつセレクトしておきました。その画像は、絵描きソフトでやったんで雑ですけど、簡単に言うと即するための導線です。渋谷のどこのポイントにどういう属性の女の子がいるのかというのと、スカウトだとかがいるとかで声掛けないほうがいいエリア、あとは、連れ出し先の店を出た後に、どういうルートでラブホテルまで行くか、もしくはまだホテルに行ける段階にない場合に、少しでも駅からホテル側に近づくために、中間で挟めるカラオケ店、バーが書いてあります」

「ありがとうございます。いいんですか?」

「役に立つかわかんないですけど」

「ありがとうございます」

「じゃあそろそろやりましょうか」

「はい」

 

若者と矢野は、席を立った。

 

「そういえばなんで喫茶店で待ち合わせだったんですか?」

「ちょっと最初に話しておきたかったというのと、なんか最近読んだ恋愛本に書いてあったんですよ。デートで、駅前での待ち合わせは最悪だって。待ち合わせはカフェがいいらしいですよ」

「はぁ」

 

時刻は18時、渋谷の街はまだ明るかった。

 

若者と矢野は、矢野がよくナンパしているという場所にやってきた。

「ここならスカウトもあんまいないですし、やりやすいですよ」

「じゃあまず俺が声掛けてみますね。あんま参考になんないと思いますけど、もしよければ後ろについていただければ何となく雰囲気はつかめると思います」

「ありがとうございます」

 

「あの子に声掛けてみます」

矢野の目線の先には、茶髪ロングの薄ピンク色のバッグを持ったオシャレな女の子がいた。矢野は躊躇することなく、彼女のもとへと向かっていった。若者も遅れまいと、すぐに歩き出した。

(さすが全然迷いがないな)

 

「こんばんはー」

矢野は女の子の真横から声を掛けた。

 

それはまるで、タンポポの綿毛のようなフワッとした入り方だった。

 

女の子は笑顔で矢野の挨拶に応えた、ように若者には思えた。

 

ところが実際には、完全なる無視だった。

 

その後若者には断片的にした理解できなかったが、「今日暑いっすねー」といったようなことを矢野が言っているのが聞こえた。その言葉に対する女の子の返答はなかった。

矢野は諦めて後ろを振り返った。

(うわっ、ちょっと気まずい)

いくつものナンパブログを読み込んでいた若者は、誰かにナンパを見せてもらう時というのは、目の前で華麗なトークを見せられ、女の子の表情が、無表情から天使のような笑顔に変わるのが相場だと思い込んでいた。

「すみません。無視されましたw」

「へへっ、やっぱ渋谷は難しいんですかね?」

「どうなんでしょう。俺の場合はいつものことですけど」

 

その後矢野は、2人に声を掛けたのだが、全て完全無視だった。

 

「声掛けれそうですか?参考にならなくて申し訳ないですが」

若者には、少し勇気が芽生えてきていた。たしかに目の前で成功を見せられたら、よしっ!自分も、とやる気が出来てたかもしれない。しかしここまで綺麗に無視されているのを目の前で見ると、それはそれである意味やる気に繋がったのだ。

「ちょっとやってみます」

 

若者は、薄暗くなった街中を見渡した。

(あっあの子)

若者は、紙袋を2つ持った黒髪ロングの女の子に目を付けた。

「あの子どうですか?」

「いいですね」

若者はすぐに歩き出して、彼女の後ろについた。

(よしっ、声掛けるぞ)

(横から声掛けたほうがいいんだろうか?)

若者は、えいっと勇気を出して、彼女の横に躍り出た。間髪入れずに、

「こんばんは」と声を発した。

 

「はい?」

彼女は若者の方へ顔を向け、言葉を発した。

(あっ、どうしよう)

「あっあの、今日来たんですけど、あっ、今日旅行で東京来たんですけど、今から何か食べようかと思ってて、何かおいしいものとかありますか?」

「え~?おいしいものですかw」

彼女の顔が笑顔に変わった。

「はい、今すごいお腹空いてて、すぐ何か食べたいんですよ」

「そんなにお腹空いてるんですかwラーメンとかいいんじゃないですか?わかんないですけどw私4月に東京来たばっかりでよくわかんないんですよ。渋谷来たのも今日で2回目ですし」

「そうだったんですかw」

若者の表情も少し和らいだ。

「自分も今日で2回目なんですよ。人多くてつらいですw」

「本当ですよねw歩いてるだけでつかれますもん」

「これからどちらか行かれるんですか?」

「あ~、友達と街ち合わせしてるんですよ」

この言葉を聞いた若者は、彼女と遊ぶのは無理だと判断した。

「そうだったんですか。邪魔してすみません。ありがとうございました」

「いや、全然いいですよ」

「では」

「は~い」

若者は頭を下げて、来た道を戻ろうとした。

しかし来た道を戻る必要はなく、後ろには矢野が立っていた。

 

 

「ダメでした。こんなに会話できたの初ですけど」

「いやいや天才ですよ。めっちゃいいじゃないっすか。これだけ会話できれば十分っすよ。俺なんてまだ今日何の返答も返ってきてないっすからねw」

「たまたま待ち合わせだっただけで、何もなかったら絶対連れ出しできてましたって」

「後ろ歩きながらずっと、心の中で、いける、いけるって叫んでましたもんw」

「そうですかw」

「絶対できてましたよ。やっぱ雰囲気柔らかい感じなんで、話しやすいんじゃないですか?」

「そうですかw?」

「はい。あと強いて言えば、相手の反応も悪くなかったんで、もしかしたら番号とか聞いたらいけたかもしれないですけど。まぁ旅行で来たとかだとまた会うの難しいかもしれないんであれですけど」

「たしかにそうですね」

(あの子かわいかったな。あんな子が彼女になってくれたら…)

若者は舞い上がっていた。

「話せるとうれしいですよね」

「そうですね。なんかすごいやる気出てきました」

「俺もいまだに話せるだけでうれしいっすもん」

 

その後再びナンパして、2人に声を掛けたのだが、先ほどのようにはうまくいかなかった。2人とも無視だった。

(でもなんか声掛けられるぞ)

「1人に声掛けるだけでもけっこう時間かかっちゃいます」

「問題ないと思いますけどね。無差別に声掛けるやり方でやってもつまんないと思うんで」

 

時刻は19時半を過ぎていた。

渋谷の街は、もう暗くなっていた。

「何か食べません?お腹空きましたし。食べたら、今の声掛けのセリフ使えなくなるかもしれませんけどw」

「そうですねwでも自分も朝からまともに食べてないんで、さすがに何か食べたいです」

 

 

こうして若者と矢野は、近くにあった大衆居酒屋へと向かった。

 

「ナンパ塾ってどう思います?ちょっと気になってるんですよ。東京っていっぱいあるじゃないですか?」

若者は2杯目のビールを飲みながら言った。

「ナンパ塾ですか。どうなんでしょうね。俺はナンパを誰かに教えてもらったことはないんで何とも言い難いところですが。やるとしたら東京でやるんすか?」

矢野はハイボールをゴクリと飲んだ。

「まだ全然決まってないんですけど、なんか東京に住んでみようかなとか思ってるんですよね。なんかこのまま今のところにいたら、ずっとこのままな気がして」

「いいんじゃないですか。東京来ればナンパし放題ですよw」

「どこ住むんですか?渋谷ですか?w」

 

「渋谷は家賃高そうですねwでも東京だとどこも高いか」

「住むところなら一緒に探しますよw」

「ありがとうございます。でも転職とかってめんどくさそうですね」

「そうですね。でも今の仕事しながらだと大変そうなんで、こっち引っ越してからやればいいんじゃないんですか?仕事してなかったら1日中ナンパできるじゃないですか?」

「え~、無職でナンパですか。うまくいきますかね?」

「問題ないですよ。働いているとか働いてないとか関係ないですよ。転職中って言えば大丈夫ですよ」

「それよりも次に日仕事とか気にしないでいいんでめっちゃ快適ですよ。」

「そういえばブログに書いてありましたね」

 

「はい、無職だと、思い立った時に旅行に行けるし。自由にやるためにはお金の問題は何とかしないとダメですけどね」

「そういえばクラブって行ったことあります?踊るほうのクラブっす」

「クラブ?行ったことないです。ブログとかで読んだりしますけど」

「今日行ってみません?渋谷にクラブたくさんあるんで」

「いいんですか。行ってみたいです」

「じゃあ行きましょう。だいたい22時くらいに入ろうと思うんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

 

 

それから若者は、矢野からクラブナンパの基本な振舞い方を教わった。

 

・クラブナンパはノリが物を言う世界。楽しそうに振舞う。

・仲良くなってからお酒をおごるのはいいが、話のきっかけにお酒を奢るということを言ってはいけない。

・ナンパしたい奴、ナンパされたい奴の集まりだから、街中でのナンパのように周りの目を気にする必要はない。

・他の男がしそうなありきたりな質問をしない。

 

クラブナンパは3つの時間帯によって構成されている。

【オープン~終電まで】

この時間帯はまだ客入りが悪い。女の子がいたとしても、まだ来たばかりであまりテンションが高まっていなかったり、(ナンパされたいと思っているなら)何人かの男と話してみたいと思っている可能性も高いため、この時間帯では連れ出しは狙わない。この時間帯は、連絡先を交換するだけに留め、あまり目立った行動はとらない。この時間帯に仲良くなった女の子と、終盤になって再び再会し連れ出しを狙える可能性もあるため、ここでの会話は、良い印象を残す努力をするよりも、悪い印象を残さないほうに尽力したほうがいい。

【終電~27時くらい】

この時間帯はクラブの盛り上がりがピークの時間帯。ここで狙うのは、すでに他の男と会話していて、お酒に酔ってテンションの高い層。できれば男が2~3周くらい回ったところで声を掛けたい。この時間帯は客入りがピークで、店内が混雑状態のため、フリーの女の子がいたら必ず躊躇せずに声を掛けること。友達とはぐれた子や、疲れて端の方で休んでいる子も狙い目。

【27時~クローズ】

この時間帯になると、可愛い子にはだいたい男が付いている。しかし諦めるのはまだ早い。強引なナンパに嫌がっている子がいるし、引っ切り無しのナンパに疲弊している子がいる。他のクラブから移動してくる層もいる。一度話したことのある子に、「また会ったね」という声掛けを使うこともできる(ただしこの方法は、最初に話した際に、自分から別れを切り出していることがポイント)。この時間帯になると男も疲れてくる傾向にあるため、逆に気合いに入れどころである。

 

「どこのクラブに行くんですか?」

「とりあえずCってクラブにしようかと思ってます。クラブには音箱とナンパ箱と呼ばれる2種類のクラブがあって、まぁクラブ側がそれを定義してるわけでもないんですけど、来てる客の属性が違うんですよ。音箱は、単純に音楽とお酒を楽しみにきていて、それはクラバーの間で、音が良いと言われているクラブがそうですし、他には、小さいクラブで、いわゆる内輪ノリと呼ばれてるクラブで、来てる客同士がみんな知り合いだったりするんですよ。それに対して、ナンパ箱というのは、男女ともに、その差はあれど出会いを求めてきている人が多いっていう特徴があります。流れている曲も、ヒットチャートに入っているような知られている曲が多くて、初めて行く人でも楽しめるをコンセプトにやってます。その代表格がCです」

 

時刻は22時10分だった。

 

「じゃあ行きましょっか」

「はい」

 

時刻は22時半、若者と矢野は、決戦の地へと乗り込んだ。

 

実のところ若者は少し気後れしていた。

入り口で年齢確認の担当をしていた体格の良い外国人に度肝を食らった。

(ちょっと怖いな)

もしも1人で行くことになっていたら、きっと若者は引き返していただろう。

 

ドンドンドンドン

ダッダッダッダッ

クラブに足を踏み入れた途端、会話をするのもやっとのほどの大音量が耳に飛び込んできた。

 

「たしかにこれは会話きつそうですね」

「そうなんすよ。俺なんかドリンクの注文3回聞き返されたことありますからねw」

「財布気を付けたほうがいいっすよ。落としたり、スリ被害もあったりするんで」

「はい、ちゃんと肌身離さず持っときます」

「まだ全然人いないんでちょっと座ってましょうか」

 

若者と矢野は、入場料と引き換えにもらったドリンクチケットをドリンクと引き換え、隅の方の席に座った。

(ここがクラブか。緊張するな)

「もう少ししたら声掛けてみましょうか」

「わかりました」

「基本的には2人組に声掛けるかんじで、4人で話すというよりかは2:2で話すかんじです。2人組でどっちがタイプか言っていただければ、もう片方は俺が話すんで」

 

それから少しして、大学生くらいの2人組が所在なさげしているのが目に入った。

「じゃああの2人組行きましょうか?」

「はい」

「黒髪のほうと茶髪のほうどちらがタイプですか?」

「黒髪のほうです」

「OKです」

(うわ~、緊張する)

 

「おっす!」

「何暇そうにしてんの?」

「てか今俺の事悟空かと思ったでしょ?w」

「www」女の子2人組は笑った。

「今日ここ来るの初めてっしょ?」

「えっ、なんでわかったんですか?」黒髪ロングの女の子が言った。

「顔に初めて来ましたって書いてあるからwちなみに大学生っしょ?」

「はい」黒髪ロングの女の子が答えた。

「君は大学生じゃないの?」

「私も大学生です。同じ学校」

「てか2人似てるよね?」

「そうですか?髪の色同じだったらたぶん俺顔覚えられないと思うわw」

「はぁ~?」

「名前は?」

「あみです」黒髪の女の子は答えた。

「りさです」茶髪の女の子は答えた。

「俺は矢野で、彼はわかもの君」

そう言ったと同時に矢野は、若者に目で合図を出し、テーブルを挟んで、

若者あみ ◇ りさ矢野

という陣形を組んだ。

「はっはじめまして」

「はじめまして、てかさっきあいさつしたじゃないですか~w」

「大学生、ではないですよね?」

「大学生じゃないっす。ふうつの会社員です」

「今日旅行で東京来てるんですよ。自分もここ来るの初めてで。矢野さんに連れてきてもらったんですけど」

「そうだったんですか~」

「大学何年生ですか?」

「3年です」

「じゃあまだけっこう自由な時期ですね。4年になったら就活とか卒論とか大変じゃないですか?」

「そうですね。だから今遊んじゃってますw」

 

 

・・・・・・

 

「ねぇねぇ俺らライン交換したから2人もすれば?ふるふるで交換しよ」

「いいですか?」

「はい」

若者はあみとライン交換をした。

若者の友達リストに、あみが追加された。

 

「じゃあまた後で。楽しんでね~」

 

 

「こんな簡単に連絡先交換できるんですか?」

「クラブでは少しでも会話できれば連絡先自体は簡単に交換できますよ。ただクラブでGETした連絡先ってつながらないことが多いんですよ。いろんな男に教えて誰かわかんなくなったり、一斉に同じようなメッセージが来てめんどくさくなったりで」

「そうなんですか。あんまり盛り上がらなかったんでダメかもしれないです」

「え~ちゃんと話せてましたよ。俺なんて顔ひきつってましたからねw」

「ww」

「あと言い忘れてましたが、クラブで声掛ける時は、相手の年齢に関係なくため口でいきましょう。そのほうが仲良くなれるんで」

「わかりました」

 

「まだあんまり人いなくて、さっきの子たちに見られたら嫌なんで少し待機しましょうか?」

「そうですね」

 

1人また1人と、この夜の街に佇む異世界に足を踏み入れていた。

 

「けっこう人増えてきましたね。そろそろ本格的に声掛けましょうか?」

「はい!」

若者は、先ほどの成果で勢いがつき、ついでにアルコールの後押しもあって、何だってやれるような気になっていた。

(なんか今なら誰にでも話し掛けられそうな気がする)

 

混雑した通路ですれ違う時に、女の子の胸が腕に当たった。

ぷにっという触感に、若者のモチベーションは最高潮になった。

 

 

「あの2人組いきましょうか?」

「あの2人ですか?」

「はい。どっちがタイプですか?って、左のほうですよね?」

「あ~、はい」

若者と矢野の目線の先には、20代前半くらいのワンピースを着た美人な女の子と少しぽっちゃりした女の子がいた。

(あの子かわいいなー)

 

 

若者と矢野は、左右から同時にそれぞれの担当の女の子に個別に声を掛けることにした。

矢野ぽっちゃりした女の子 ワンピース美人若者

「こんばんはー。楽しんでる?」

若者には、矢野のいぇーいという軽い声掛けが少し聞こえた気がした。

「楽しんでるよー」

「大学生?」

「うん、大学4年だよー」

「4年か、就活とかもう終わったー?」

「う~ん、まだやってるよー」

「そうなんだ。就活大変だよねー」

「う~ん、大変~」

すると突然、隣にいたぽっちゃりした女の子が、彼女に声を掛けた。

「りか~、ちょっとあっち行ってくるね~」

「わかった~」

そう言って、矢野とぽっちゃりした女の子は、どこかへ行ってしまった。

(これが、クラブナンパのセパレート!矢野さん。このチャンス、絶対に活かしてみせます)

「名前りかって言うんだ?」

「う~ん、そうだよー」

しかし雲行きはすこぶる怪しかった。

りかはスマホを取り出して、何やら操作を始めた。

 

若者は、少し動揺した。

りかのほうをチラッと見る。大きな瞳から伸びるまつ毛が長かった。ツヤのあるさらさらの黒髪ロングで、ワンピースの胸元は、大きく膨らんでいた。

若者は、ゴクリと唾をのんだ。

こんなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

それからしばらくの間、若者は奮闘したのだが、結局のところ、りかとはどうなることもできなかった。

「りか~、あっちでちょっと休もう」

ぽっちゃりした女の子が帰ってきて、彼女を連れ去ってしまった。

「どうでした?」

「全然盛り上がりませんでした。連絡先交換できなかったです」

「でもけっこう長い時間話しましたよね?」

「そうですね。すごいかわいかったです。なんとか番号GETしたかったです。でもすみません。矢野さんにせっかく2人にしてもらったのに」

「それは全然いいっすよ。ただ俺あの子が、友達心配だからそろそろ~とか言うたびにお酒おごってたんで、2杯おごりましたw一応ライン交換しました」

「なおさらすみませんw」

 

その後若者は、クラブを出るまでに、7人に声を掛けた。

連れ出しはできなかったが、手に入れた連絡先は4件だった。若者にとっては、十分すぎるほどの成果だった。

 

「今日はありがとうございます」

スクランブル交差点のあたりで、若者は矢野を見送った。

空は少しずつ、明るくなり始めていた。

クラブから吐き出された人の群れが、若者にとっては、あまりにも非現実的に思えた。こんなにも熱くなった夜は、生まれて初めてだった。

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