「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第2夜 たらればメンター編】

ナンパ物語

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

前回までの話。

「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【ナンパ地蔵編】

若者は自室でセミの抜け殻のように横たわっていた。

結局のところ、ナンパだけのために行った東京旅行で、誰一人にも声を掛けることができなかった。

(やっぱり何も変わらない)

旅行から帰った翌日には、それまでと同じように職場に出社し、いつもと同じように仕事をし、5日間同じことを繰り返して、今ここに至っている。何の予定もない休日を、何をするともなく過ごしていた。

(やっぱり何も変わらなかった)

若者は、ふと気になって、お気に入りに保存してあるナンパブログの中の一つを開いてみた。旅行から帰ってきてからというもの、ナンパブログにある成果報告と、声すら掛けれなかったという事実との落差から、ナンパブログを見るのが嫌になっていた。

「20歳美人女子大生 即」

最新記事として表示されたタイトルを見て、若者は「チッ」と舌打ちをし、すぐにそのブログを閉じた。その勢いで、お気に入りからも削除した。

「暇だ」

本でも読もうかと本棚に向かった若者だったが、すぐにそんな気分ではないと思い直し、再びベッドに倒れ込んだ。

 

若者は、何もかも嫌になっていた。

時間だけが過ぎていった。

 

気付けば部屋の中は暗くなっていた。

時計は18時を指していた。

(寝てしまった。もうこんな時間か)

何もする気は起きなかったが、何もしていないということに腹が立った。

(そういえば)

 

若者は東京へ向かうバスの中で、新しいナンパブログを見つけた。若者が住んでいる県でナンパをしている人のブログだった。

(こんなとこでナンパしている人もいるのか。まぁ大きな駅ならできなくわないか)

 

若者は、再びそのブログを検索し、眠気眼のまま記事を読み始めた。最新記事は、一週間前のものだった。「美人OLの番号GET」というタイトルのものだった。男のブログの記事は二週間に1記事くらいのペースで更新されていた。どこのナンパブログも同じように、プロフィール欄は浅かった。いくつかの記事を読んでいくと、ある記事が若者の目を引いた。

 

「一緒にナンパしましょう」という主旨の記事だった。

(合流か…)

(でも自分にはそんなこと…)

実を言うと、以前から若者は、合流というものに興味を持っていた。

どこのナンパブログにも、「地蔵に苦しんでいるなら合流しよう」というようなことが書いてあったからだ。

(でも、合流なんてしても、足手まといになるだけだろう…)

とは言いつつも、若者はこの男に興味を惹かれていた。

 

若者は直近3ヵ月分の男の記事を読んだのだが、どの記事も、「即」、「準即」、「彼女化」、「番号GET」といった良い成果を報告していた。

(この人すげぇ)

(身近にこんなにすごい人がいたのか)

(文章も丁寧でいい人そうだし、この人なら…)

この時、若者の心には再び希望という名の炎が灯ろうとしていた。

 

夕食を食べている時も、風呂に入っている時も、ずっと男のことを考えていた。

 

そして若者は結論を出した。

(一緒にナンパしてもらおう)

 

それから若者は、男に送るためのメールの文章を書いた。

男のメールアドレスは、ブログに掲載されていた。

 

こんにちは。

はじめまして、

わかものと申します。

いつもブログ読ませてもらっています。

合流申請募集中の記事を見て、

メールしました。

ナンパを始めたばかりで、

お恥ずかしながら、まだ声掛けすらできない状態です。

ぜひ一緒にナンパさせてください!

(送信!)

送った瞬間、一瞬後悔した若者であったが、後悔はすぐにドキドキに変わった。

 

しかし、すぐには返信は来なかった。

 

若者は何度も何度もメールボックスを見返した。数分おきに受信ボックスを確認し、送ったメールに気に障る言葉があったんじゃないかとすら勘繰った。しかしどれだけ確認したところで、受信ボックスにそれらしいメールは届かなかったし、送信ボックスに送り込まれたメールにも、目立った不備は見つからなかった。

 

強いて言うなら、最後の「!」マークは、キモかったんじゃないかと若者は思った。

 

時刻は24時になっていた。

日中寝てしまったのもあって、若者は寝付けなかった。若者はメールを送ったことに後悔していた。

(もうナンパやめてたんじゃ…)

そんな堂々巡りを3時間ほど続け、ようやく若者は眠りについた。

 

翌日の朝、スマホの新着メールをチェックすると、彼からのメールの返事が届いていた。

こんにちは

はじめまして。

合流OKです。

急ですが、

本日ナンパする予定です。

今日とかどうですか?

 

(えっ?)

「今日」というワードに一瞬躊躇した若者であったが、チャンスは逃すべきではないと判断し、

大丈夫です。

と返信した。

 

時刻は午前9時だった。

若者は、見知らぬ人に会うことの不安を感じたが、それ以上に、この見知らぬ男に会うことで、何かが変わるのではないかという期待が大きくなっていくのを感じた。

 

待ち合わせは、15時だった。

男がいつもナンパしているという場所を教えてもらい、若者がそこまで行くことになった。

 

急いで朝食を食べ、身支度をし、若者は家を出た。

 

電車に乗って、目的地まで向かった。

 

時刻は12時だった。

若者は、真面目で心配性な性格もあって、待ち合わせ時刻よりだいぶ早くに待ち合わせ場所に着いた。いくら何でも早すぎたのは、若者が昼食に、行列のできるラーメン屋のラーメンを食べようと思っていたからだった。

 

休日ということで、行列のできるラーメン屋には、例に漏れず行列ができていて、若者は30分並んだ末に、お目当てのラーメンをたいらげた。その後、若者は、駅前のファーストフード店で待つことにした。

 

待ち合わせ時刻10分前になって、若者は駅前の柱の前にスマホをいじりながら立っていた。

 

すると、若者のスマホに男からメールが届いた。

あと5分かからないくらいっす。

(よかった。ちゃんと来てくれた)

男は彼の言葉通り、5分と経たずして若者の前に現れた。

「はじめまして~」

「はじめまして、よろしくお願いします」

 

男は35歳、茶髪の長髪で、ファッションは全身黒で、細身のパンツにロンT、首元にネックレスがかかっていた。少し若作り感が痛々しくも感じたが、ナンパ師とはこういうものなのだと若者は納得した。

「ナンパ始めたばっかりでしたっけ?」

「はい。まだ声すら掛けられない状態です」

「ナンパなんて余裕っすよ。俺今月5即くらいっす。あっ、即ってわかりますよね?」

「あ~、はい」

「いや、先月は7即だったんですけどね。今月ちょっと忙しかったんで。もっと時間あれば余裕だったんですけどね。まぁまだ今日あるんで終わってないっすけど、お互い頑張りましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

35歳の男がいつもナンパしているという場所に着いたが、彼ははすぐに声を掛けるという風でもなく、若者に向かって話し続けた。

「そういえば、まだ声掛けたことないって言ってましたけど、ナンパ始めてどのくらい経つんすか?」

「実際にナンパしてみようと思って、やってみたのは先週の土曜日が初めてです。実はナンパするために東京まで行ったんですよ」

「えっ、マジっすかwナンパなんかどこでもできるじゃないっすかwでも東京行ったんすか!東京っつったらかわいい子だらけじゃないっすか?」

「たしかにかわいい子はいっぱいいました」

「そうっすよね~。東京行ったらかわいい子ばっかりで、声掛けるのに苦労したりしないんだろうな~。ここってあれじゃないっすか、全然かわいい子通らないじゃん?」

「そうなんですか?」

「いやマジで、反応も悪いしさ。東京だったら絶対反応もいいっしょw俺も東京でナンパしてみて~。東京に住んでる人のブログ読んだりするんだけどさ、マジ即余裕そうじゃん?俺も東京住んでたら絶対一月15は堅いねw」

「一日何声掛けくらいするんですか?」

「う~ん、数えたことないからな。だいたいすぐ連れ出しできちゃうからな。まぁかわいい子ばっかりだったら何声掛けでもできるんだけどなw全然いねぇのw」

「地蔵を脱する方法とかありますか?」

「あぁ、まぁ、勢いだね、勢い。変に考えると声掛けられなくなるから。いいなって子がいたら躊躇せずに声掛けたほうがいいよ」

「ありがとうございます。頑張ってみます」

 

若者は、1人じゃないというただそれだけのことで、声を掛けられそうな気がしていた。

 

 

若者と35歳の男の前には、先ほどからたくさんの人が行き交っているのだが、その中で、少し目につく女の子が2人の目の前を通った。彼女はとてもゆっくりとした歩調で歩いていた。茶髪ロングのオシャレな女の子だった。彼女はマスクをしていた。

 

若者は、チラッと35歳の男を見たが、彼は、マスクの女の子を見ていたものの、動く気配はなかった。

 

彼女が見えなくなると、35歳の男は若者に言った。

「うわー、今のあの子、マスクしてなかったら声掛けたのに」

「マスクしてると何かあるんですか?」

「いや、だってよ、マスク外したら全然かわいくなかったら嫌じゃん?」

「オシャレだったし、マスクしてなかったら絶対声掛けたな」

「へへっ」

 

「そうだ。俺が声掛ける女の子指名してあげるよ」

(指名ナンパならブログで読んだことある)

「ありがとうございます。頑張ってみます」

 

「そうだな~、おっ、あの子いいじゃん。黒い服の、あの子。絶対話聞いてくれるよ。君がいかないなら俺が声掛けるけど」

「頑張ってみます」

そう言って、若者は彼女のほうへと向かって歩を進めた。

(何のためにここに来たんだ。よし、やるぞ)

しかしすぐに彼女のもとへ駆け寄って声を掛けることはできず、若者は彼女の後ろについて様子をうかがいながら歩いた。若者は、心臓がバクバクと音を立てるのを感じた。ナンパには、ナンパしようと街に立った時の緊張と、いざ、本当に声を掛けようと女の子に近づいた時に感じる緊張とがあるのだと、若者は知った。

 

(やっぱ無理だ)

(今声掛けたらきっと何もしゃべれないだろう)

若者が葛藤を続けるうちに、黒い服を着た女の子はドラッグストアに入ってしまった。

(あっ)

 

トボトボとうつむき加減で、若者は35歳の男の待つ場所へと帰った。

「おっ、どうだった?」

「声掛けられませんでした。店に入られました」

「ドンマイ、ドンマイ。次行こう」

「はい、すみません」

 

「ちなみにどんな子がタイプなの?全然タイプじゃない子に行けって言われても、テンション上がんないっしょ?」

「なんでしょう、黒髪で大人しそうな子が…」

「OK、OK。そういう子探すから」

「おっ、あの子いいじゃん。ピンク色のバッグ持ってる子」

「たしかにいいですね」

「行ってみよう」

「はい」

若者の目線の先には、薄ピンク色のバッグが特徴的な、いかにも清楚系な女の子がいた。

(大学生くらいだろうか?)

(よし、あの子ならいけそうだ)

再び若者は、女の子の後ろについて様子をうかがった。

(今度こそ絶対に声を掛けるぞ)

(いける。いける。大丈夫だ)

(早くしないとまたどこかに行ってしまう)

そして、ついに、若者が声を掛けようと少しだけ歩を速めたのその瞬間、

「久しぶり~」と目の前の女の子は、彼女の待ち合わせ相手であろう女の子に声を掛けた。

(あっ、危なかった)

若者はひどく動揺した。

(今声掛けてたら大変なことになってた)

ピンク色のバックを持った女の子は、彼女を待っていた白色のバッグを持った女の子と、楽しそうにしゃべり始めた。

 

若者はひどく疲れていた。

(あぁダメだ~)

 

「ダメでした」

「声は掛けました?」

「いや…」

「まぁ初めてはそんなかんじっすよwちょっと休みません?」

「はい」

若者と35歳の男は、近くにあったコーヒーショップに入った。

「そういえば仕事は何してるの?」

「ふつうの会社員ですよ」

「仕事楽しい?」

「いや…」

「いやいや、俺もさ、今の仕事辞めたいとかは思うわけよ。でも今から転職って言っても、年齢もあれだしさ、0からまた築き上げるのもめんどいじゃん。いや、俺もね、20代だったら、迷わず辞めてるね。20代だったら、明日辞表出してるねwその点、君はいいよね。何だってできるじゃん」

「はぁ」

「そういえばナンパはどのくらいやってるんですか?」

「ナンパ?25の頃からだから10年くらいかな」

「ずっとここでナンパしてるんですか?」

「まぁね、まぁ俺も金あったら引っ越すんだけどな。とりあえず東京でなんぱしてみてえわw」

 

若者と35歳の男は、それから少し人生について語り合った後、再び街に出た。

 

「休んだんで、行けそうっすか?」

「はい、頑張ってみます」

時刻は17時

若者と35歳の男は先ほどと同じ場所に立っていた。

「東京とかなら深夜近くになってもナンパできるらしいんだけど、ここじゃ絶対無理だからな。あと1時間くらいやったら帰るか」

「はい。なんとか声掛けられるように頑張ります」

(今度こそ絶対に声掛けてやる)

それから1人、また1人と声を掛けられそうな女の子を見送った若者だったが、ようやくその時は訪れた。

「あの子よさそうじゃん」

35歳の男の指さす先には、20代前半くらいの、フワフワとした白いスカートに白いトップスを合わせた黒髪ロングの女の子がいた。

(よし、絶対に声掛ける)

若者はすぐに女の子の後を追った。

女の子がどこかに入ってしまう前に声を掛けようと思った若者であったが、先ほどのこともあり慎重にもなっていた。

(大丈夫だ。絶対に1人だろう)

若者の脳裏にほんの一瞬、彼女と食事をしているイメージがわいた。そのイメージがあまりにも鮮明で、下半身のあたりが少しムズっとして、

 

そして若者は、えいっと一歩を踏み出した。

「すっ、すみませんっ」

今、若者に出せる精一杯の声だった。白いスカートの女の子の真後ろから声を掛けた。しかし、白いスカートの女の子は、ピクリともせずに歩き去っていった。

 

若者はその場に立ち止まった。

(無視された)

(これがガンシカというやつか)

実を言うと、これは無視ではなく、ただ単純に若者の声が届いていなかっただけなのだが、若者の想定はそこまで及ばなかった。

ただ、若者は、彼の中で何かが変わった気がした。

 

無視されたという事実よりも、声を掛けることができたという事実の方が、若者にとっては大事なことだったのだ。

 

「無視されましたー」

「声掛けられたんだ!よかったじゃん。まぁ無視は仕方ないわ」

「俺も今1人声掛けたわ」

「そうだったんですか」

 

若者はその日、結局その1声が最初で最後のナンパだった。

 

帰りの電車の中で窓の外を眺めながら、若者は、なぜか自分の人生が変わるような気がしていた。

(すごく緊張したけど、声を発してみたら、案外いけるような気もした)

 

何よりも、若者は気付いた。無視されたことはショックだったけど、無視されたところで、勇気を振り絞って震えながら声を発したところで、べつに死ぬわけではなかった。声を掛ける前と、変わらない自分がそこにいた。若者にとっては、その事実は偉大な事実だった。

(そういえばあの人のナンパ一度も見れなかったな…)

(それにしても、たられば話の多い人だったな)

そう思って、若者はハッとなった。

(自分だってそうじゃん…)

(かっこよく生まれていたら。金持ちの家に生まれていたら。自己啓発本にあるように、人生を変えてくれるような人が目の前に現れたなら)

(自分だって、ずっとそうやって生きてきたんだ)

(同じはずなのに、人のたられば話を聞くのって退屈だったな。じゃあやればいいじゃん。じゃあ行けばいいじゃん。そう思ったし)

 

その夜、若者は35歳の男のブログをチェックしたが、記事は更新されていなかった。

 

35歳の男のブログが更新されるのは、それから2週間後のことで、そのタイトルが、「仕事帰りにスーツのままナンパして、仕事辞めようか悩んでいるOL 即」というタイトルの記事になることを、若者はまだ知らない。