「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【最終夜 ピロートーク編】

ナンパ物語

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

前回までの話。

「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第8夜 グッバイラブファースト編】

 

(ナンパの終着点、たった1人を追いかける…)

 

実のところ、若者には気になっている女の子が1人いた。

 

仕事帰りによく寄るカフェで働いている女の子だった。

 

始めて会った時は「かわいいな」と感じ、それ以上何を思うこともなかったが、何度も顔を合わせるうちに「話してみたい」「デートしてみたい」と思うようになっていた。

 

しかし、何度も顔を合わせてはいたものの交わした会話といえば、彼女の「どうぞ」という言葉に対する「ありがとう」とか「すみません」という言葉程度だった。

 

若者はナンパができるようになったからといって、どんな場所でも誰にでも、気軽に話し掛けられるわけではないと知った。

 

心から「好き」と言える自信はなかったが、どうにかできるものなら、狙うべきは彼女しかいないと若者は思った。

 

 

若者はこのところ、街中やクラブだけのナンパに限界を感じていたのもあった。

 

ナンパをできるようになれば、街中やクラブにいる全ての女の子に声を掛けることが可能になる。

 

そして、それらの女の子と仲良くなれる可能性が生まれる。

 

一見すると、それはどこまでも自由な選択に思える。

 

だけどタイプの女の子は、いつでも街中やクラブにいるとは限らない。

 

夜の街を歩かない人がいれば、昼の街を歩かない人もいる。声を掛けられるのが嫌と地下街を歩く人もいる。電車に乗らない人もいる。

 

若者は、女とSEXがしたいわけではなかった。

 

若者にとっては、特定の「心からいいなと思える人」と出会うことが全てだった。

 

そしてそのためには、街中やクラブという限定を外す必要があった。

 

若者は意識して彼女と会話を交わしてみようと決意した。

 

若者は仕事帰りに、例のカフェに寄った。

彼女は、レジで会計をしていた。

彼女は、茶髪で、少しパーマのかかった髪を後ろで結んでいる。前髪はセンターできれいに分けられていて、キリっとした眉毛が印象的だった。意志の強そうな目、身長は160は超えているだろうか?カフェの制服がとても似合っていた。

 

(よしっ。いきなり長い会話は無理かもしれないけど、チャンスがあったら何か言ってみよう)

 

「こんにちは」

「こんにちは」

「アイスコーヒーお願いします」

「はい」

(ダメだ。話し掛けられない)

「どうぞ」

「どうも」

 

(ダメだ。何も話せなかった)

(もう昔の自分じゃないんだぞ。モテる男に変わったんじゃないのか…)

若者は、少し自己嫌悪に陥りながらアイスコーヒーを飲んだ。

 

次の日も若者はカフェに行った。しかし昨日と同じように、必要最低限以上の会話をすることはできなかった。

 

次の日も若者はカフェに行った。

彼女は出勤していなかった。

 

若者は店を出て、少しナンパしてみようと思った。

「こんばんは~」

通りかった美人に、

とくに気負うことなく声を掛けることができた。

(なぜだろう?)

(ナンパはできるのに、なぜふつうのコミュニケーションが取れないんだろう?)

 

それから2日後、若者は初めて雑談らしい会話を彼女と交わすことに成功した。

 

彼女がレジを担当している時に、新メニューをネタに声を掛けたのだ。

 

「これっておいしいですか?気になってるんですよね」

「これですか。昨日初めて飲んだんですけどおいしかったですよ。メロンお好きですか?好きなら気に入っていただけると思いますよ」

「メロン好きですよ。じゃあこれお願いします。あと気になってたんですけど、Lサイズってどのくらいの大きさなんですか?」

「Lサイズは、少々お待ちください」

そう言って彼女は、

Lサイズのコップを持ってきた。

「このサイズです」

「けっこう大きいですねwすみません今日はSサイズでwおいしかったら今度L頼みますね」

「ぜひお願いしますw」

(声を掛ける前は、すごく緊張するけど、いざ声を掛けてみると意外にいけるんだな)

 

それからも若者は、何度か彼女と話す機会に恵まれ、連絡先を交換し、ついにデートの約束を取り付けた。

 

次の日曜日にアボカド料理を食べに行く約束をした。

 

(ナンパを始めると、出会いはいくらでも生み出すことだできるとわかる。だけど同時にそれは、1人1人に向き合えなくなることを意味した。それが本当に恋愛と呼べるものなのか、わからなかった。でも今、僕はすごくドキドキしている。彼女のことを考えるときつい仕事も頑張れるし、自分を磨くモチベーションも生まれた。そして何より、すごくドキドキしている。彼女を思うと、胸のあたりが苦しくなった。不思議とそれは心地よかった。こんな気持ち、どれくらいぶりだろうか?)

 

と、ここまでがナンパを始めてから現在までに若者の身に起きた一連の出来事である。

 

最後にちょっとだけ後日談を話すと、

 

まず、矢野はナンパをやめた。

 

今人生でエネルぎーを注ぐべきなのは、もはやナンパではないと悟ったそうだ。

 

若者は矢野がナンパをやめると決めてから、最後に居酒屋で飲んだ。

 

「たぶん俺にとってのナンパは、人生のモラトリアム期間の引き延ばしに過ぎなかったんだと思います。仕事でうまくいかなくて、明日行きたくないと思う時でも、ナンパをしていれば、そのことを考えずにいられたんです。何か嫌なことがあって、自信を無くした時でも、自分にはナンパして女の子と仲良くなれる力があるんだって考えたら、また自信が湧き上がってきたんです」

「だけど本当は、それはべつにナンパである必要はなかったんだと思います。それはお気に入りの風俗嬢に入れ込むのでも、仕事でも、たぶん何でもよかったんだと思います。俺は薄々それに気付いていたんだけど、自分からナンパを取ったら何も残らないような気がして、あと、もうちょっと歳とったらもうできなくなるのかな?って考えたりして、それで惰性でずっと続けていたんだと思います」

「でも最近は、もう新鮮さが全然なくて、俺にとってのナンパって、毎日同じジェットコースターに乗っているような感じなんだよねwあぁ次は右に曲がって、そろそろ落ちるなってw」

「だから俺は、また別のジェットコースターを探しに行きます。最近気付いたんですけど、俺は人よりも少しだけ、刺激が好きな性格だってだけで、ナンパにこだわる必要はないって思ったんですよ」

「刺激ですか。ナンパをしている人って、たしかにそういうところありますよねw」

「はい。好奇心旺盛なタイプが多いと思います。それか、極度な女好きか。どっちかっすよw」

「でも一つ言っておくと、俺はナンパを始めて本当によかったと思ってますよ。成果が出た日よりも、出なかった日のほうが圧倒的に多いですし、失敗談を話せって言われたら、もう数えきれないくらい出てきます。でもあなたにとってナンパとは?って聞かれたら、死ぬほどワクワクするものって答えると思います。だから俺は全体を通して、ナンパをやって本当によかったと思ってる」

 

居酒屋から出た若者と矢野は、夜の街でナンパした。

 

若者も矢野も、成果は0だった。

 

「今日は本当にめちゃくちゃタイプの人にだけ声掛けました」

「さすがっす」

 

ロックは、素面の時にナンパをした女の子と付き合ってナンパをやめた。ロックが若者に話した話では、彼女は会社帰りの電車の中で見かけた女の子で、ものすごくタイプだと思っていたのだが、たまたま同じ駅で降りたため、運命的なものを感じて声を掛けたらしい。このチャンスを逃したら二度と会えないと思ったら、酒なしでも声を掛けることができたとのことだった。

ロックの新しい彼女は、酒飲みは嫌いと、ロックに酒を飲ませてくれないらしい。

「酒飲んでないと、俺ってつまんないし、女の子とだってうまくしゃべれないんだ」

デートの帰りに、彼女に打ち明けたところ、

「今のあなたのことが好きだよ」と言われたらしい。

 

ロックは「もうナンパをしない」と決めた。

 

会社の名刺を使ってナンパをしていることが、社内で噂になり会社に居づらくなっていた木島は、それまで真面目一筋で生きてきたようなタイプの人間だったが、会社を辞め、1度きりの人生、どうせやるなら好きなことをと、AV男優になった。

今、木島はカメラの前で楽しそうに腰を振っている。

若者は、木島の出演しているAVをダウンロードした。

 

全身が日サロで焼かれ、身体は見事なまでに鍛え上げられていた。

 

木島の経験人数は、ほんの数カ月で、それまで生きてきた数十年の数倍になっている。

 

 

(人生、何が起こるかわからないものだ)

 

それで若者はというと、熱心に「出会いがないならナンパしちゃえばいいじゃん?」と日本の迷える男たちに言っている。

 

この言葉は、出会いがないと嘆いていたかつての若者がナンパブログで目にした言葉だった。

 

若者は「出会いを生み出すナンパ塾」を開講し、塾講師の矢野と名乗るようになった。

 

「皆さん、今日はセミナーにお越しいただきありがとうございました。今お話ししたことは、ナンパを始めてからほんの数カ月の間に僕の身に起こった出来事です。これから皆さんには、実際に街に出て声を掛けてもらいますが、その前に一つだけお話させていただきます」

「いいですか。初めてのことに挑戦するのは、それはべつにナンパじゃなくたって恐いものです。お分かりでしょうが。とくに大人になると、その恐怖感は増すものです」

「なぜなら僕たち大人は、失敗することを異常に恐れているからです。失敗して笑われることを恐れる。できないことを指摘されるのを恐れる。自分自身で、自分のできなさに落ち込んで自信を無くす。だから多くの大人は、慣れ親しんだ環境で、繰り返しの毎日を送ることを好みます。恐くもなるし、めんどくさくも感じるから、本当は好きじゃない人といつまでも一緒に居たり、嫌で嫌で仕方ない会社に、吐き気を催しながら向かったりします」

「僕は皆がもっと、えいって軽い気持ちで何かに挑戦できる日本になったらいいと思っています」

「出会いがない?ありますよ、いつでもすぐそこに。人生を変えたい?変えることはできますよ。皆できないって、始めから投げ出しているだけです。何かを変えようというその時に大事なのは、とにかくえいって一歩を踏み出してみることです。そしてその時に必要になる勇気は、べつに人生を賭けた大きな勇気である必要はありません。ほんのちょっとしたこと、たとえば、定食屋に入って、いつも頼まないようなものを頼んでみるとか、いつも素通りしていた近所のジムに体験を申し込んでみるとか、必要なのはほんのちょっとした勇気です」

「そこで起こる変化は、ほんの些細なものかもしれないけれど、そういう小さな変化の積み重ねでも、あなたの世界はきっと変わるはずです。僕の人生がナンパを通して変わったように、あなたの人生も、ちょっとしたことで変わると思うんです。今日という日は、その記念すべき第一歩です」

「それでは皆さん行きましょうか」

 

若者は、今はもう誰かと肩がぶつかることもない渋谷のスクランブル交差点を歩く。

 

大切なのは一歩を踏み出す勇気だ。つまるところ何よりも大事なのはこれなのだ)

 

(あっ、あの子かわいいな)

「こんばんはー」

田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる(完)