「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第4夜 即席デート編】

ナンパ物語

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

前回までの話。

「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第3夜 矢野初登場編】

クラブからホテルに戻った若者は、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。あんなにも熱くなった夜は初めてだったが、こんなにも眠い朝も初めてだった。

 

シャワーを浴び、髪を乾かした若者は、倒れ込むようにしてベッドに横たわった。

 

時刻は午前6時だった。

 

次に若者が目を覚ましたのは、午前11時だった。

(怠いっ)

 

身体がまるで自分のものでないかのような怠さを、若者は感じた。幸運にも二日酔いにはなっていなかったのだが。

 

コンビニで買っておいたスポーツドリンクを勢いよく流し込む。続いてスマホを確認する。

 

ラインの新着メッセージがあった。

(もしかして…)

期待に胸を躍らせながらラインの新着メッセージを確認したのだが、ただの新着スタンプのお知らせだった。

(なんだ)

しかし、友達リストに画面を移した若者は、すぐに目を輝かせた。

(昨日のことは、夢じゃなかったんだ)

若者のラインの友達リストには、クラブに行く前にはなかったはずの4人の女の子の名前があった。

(すごい、すごいよ)

若者が1人で感動に浸っていると、ラインの新着メッセージが届いた。

 

昨日、というか今日はありがとうございました。

体調大丈夫ですか?

それと、ライン交換した人たちにもう何か送りました?

矢野からのラインだった。

 

若者はすぐに返事を送った。

 

こちらこそありがとうございます。

ちょっと怠いですけど、大丈夫です。

矢野さんは大丈夫ですか?

まだライン送ってません。

今日送ったほうがいいんでしょうか?

すぐに既読の記しがついた。

 

俺は大丈夫です。でもけっこう飲みましたもんね。

ラインは送ったほうがいいと思いますよ。

返ってくるか、予定が合うかわかんないですけど、

旅行中にGETした連絡先は、

滞在中のアポを狙ったほうがいいと思います。

 

(アポ?デートのことか!って今日いきなり?)

 

明日帰る予定ですが、

今日いきなりデートに誘うってことですか?

若者は返事を待った。

 

デートと言っても、

ちょっとご飯食べに行くくらいですよ。

日にちが空いちゃうと会える可能性が低くなっちゃうんで、

ちょっとラインのやりとりした後、

急ですけど、今日の夜どうですか?ってかんじで、

あくまでも軽いスタンスで聞いたらいいと思います。

 

(本当にうまくいくんだろうか?だって今日の今日でしょ…)

 

どんなメッセージ送ったらいいですか?

 

(デートしてくださいとか言うんだろうか?)

 

最初のラインは簡単に、

昨日はありがとう。

ここに昨日会話したことの中で、

誰かわかるようなワードをそれぞれ入れて

送れば大丈夫だと思いますよ。

 

(そうか、クラブに来る女の子は何人もの人とライン交換してるんだよな)

 

ライン交換した4人全員に送るってことですよね?

(一応聞いておくか)

 

もちろんです。

昨日も言いましたが、

クラブで交換した連絡先は、

アポまで繋がらないことが多いので、

軽い気持ちで送ったらいいと思います。

ライン送った後も、

返信ずっと気にするんじゃなくて、

何か他のことやってたらいいと思います。

観光とかナンパとか

 

(ダメ元でやってみるか)

 

わかりました。

ありがとうございます。

送ってみます。

 

それから若者は、それぞれの女の子に送るメッセージを考えた。

 

昨日はありがとうございます。

お酒好きって話しで盛り上がった者なんですけど

覚えてますか?

これは25歳OLへのメッセージだった。

 

4人にメッセージを送り終え、

そのどれもが上出来とは言い難いものではあったが、

若者は期待に胸を躍らせていた。

 

しかし、すぐに返信が来ることはなかった。

 

25歳のOLに関しては、すぐに既読になったものの、返信は来なかった。

(えっ?なんでだ?)

 

若者は、もっとひねったメッセージを送るべきだったかと少し後悔したが、1人の部屋で居ても立っても居られなくなり、昼食を食べるために外出することにした。

 

若者は、ホテルの近くにあったパスタ専門店に入った。

 

席に着き、ラインを確認するが、やはりメッセージは来ていなかった。

(あぁメニューが頭に入ってこない)

 

メニューを注文し、運ばれてきたパスタを口に運んだ若者だったが、それは食事を楽しむというよりも、むしろエネルギーを運ぶという動作に近かった。

若者は食事中、10回スマホの確認をした。

(あぁ来ない)

完食したことにも、気付かないほどだった。

 

パスタ屋を出た若者は、近くにあったゲームセンターに入った。カップルや家族連れが、楽しそうにはしゃいでいた。

 

500円分のメダルを購入して、やりたくもないメダルゲームをやった。

 

メダルは次々と機械の中に吸い込まれていったが、若者にとってはどうでもいいことだった。

 

その時、スマホの画面に、ラインの新着メッセージの通知が届いた。

 

あみからだった。

(ウソ?やった!)

あみ 若者がクラブに入って最初にライン交換をした黒髪ロングの大学生の女の子。

 

こちらこそありがとうございます。

覚えてますよ。

ついさっきまで寝てました(笑)

 

この短い返事だけで、若者はあみのことが好きになりそうだった。

 

(やった、きたぞ)

若者はすぐにメダルゲームの席を立った。

(これからなんて送ろう)

しかし若者だって、全く恋愛経験がないわけではない。

 

自分もさっき起きたところですよ(笑)

今は観光してるところです。

今日は天気よくて

すごい外暑いです。

 

既読

 

そうだったんですか。

そういえば、

東京に旅行で来てるって言ってましたもんね。

いつ帰る予定なんですか?

今度はすぐに返事が来た。

 

帰るのは明日です。

観光と言いながら渋谷のゲームセンターに来てるんですけどね(笑)

近くにどこかお勧めの観光地とかありますか?

(送信)

 

電車乗らないと行けないですけど、

スカイツリーとかどうですか?

混んでるかもしれないですが。

 

(よし、きたっ)

 

(スカイツリーか。ちょっと場所調べてみよう)

(ここから電車で30分くらいか)

 

ありがとうございます。

スカイツリーいいですね!

行ってみようかなと思います。

(送信)

 

本当ですか?(笑)

休日だから混んでるかもしれないですよ。

 

大丈夫ですよ。

スカイツリー行ってみたいと思ってたんですよ。

そんな遠くないんですぐ行けますし。

(送信)

 

今度は少し返信が来るまでに間が空いた。

 

そうですか。

スカイツリーいろいろあって楽しいですよ。

 

若者には、心なしか、あみの文章にも活気がなくなったように感じた。

 

(そろそろ話題を変えないと)

(もう誘っても大丈夫だろうか?でも断られたら嫌だな。でもこのまま続けても先が見えない気がする)

(よしっ)

 

ありがとうございます。

行ってみます!

それと、突然ですが

今日夜、ご飯一緒に食べませんか?

 

(あ~)

(よしっ)

 

(送信!)

送信ボタンを押した後で、若者はなにか大きな声で叫び出したい気分になった。

 

(なんだ、このドキドキは?)

(大学の合格発表よりも緊張するぞ)

若者は、ギュッと強くスマホを握りしめた。

 

今日の夜大丈夫ですよというあみからの短いメッセージが届いた時には、若者はその場でよっしゃーと叫びたい気分だった。そうする代わりに、若者は拳を握りしめて小さくガッツポーズを作った後に、まだ残っていたメダルを近くにいた高校生の男の子に全てあげた。

 

若者は、天にも昇る気持ちだった。

 

若者は一連の流れを矢野に報告した。

 

すごいじゃないですか!

やっぱり天才っすね。

矢野からの返信はすぐに来た。

 

そんなことないですよ。

まぐれです(笑)

他の人からはまだ返信すら来てないですし。

場所はどこにしましょう?

(送信)

 

場所は、とくに相手に希望がなければ

渋谷でいいと思いますよ。

昨日の即のためのルートを使ったらいいと思います。

 

わかりました。

ありがとうございます。

それから若者は、すぐにあみにラインを送った。

 

何か食べたいものとかあります?

場所は渋谷で大丈夫ですか?

(送信!)

 

食べたいものですか?

なんだろ?

パッと思いつかないな(笑)

場所は渋谷でいいですよ。

あみからの返信はすぐに来た。

 

突然言われても困りますよね(笑)

じゃあ店は決めておきますね。

じゃあ渋谷に19時とかでいいですか?

(送信!)

 

大丈夫ですよ。

楽しみにしてますね。

 

若者は、あみのことが好きになりそうだった。

というかすでになっていた。

若者は再び矢野にメッセージを送った。

 

19時に渋谷に決まりました!

教えてもらった居酒屋使おうと思います。

(送信)

 

やったじゃないっすか!

すごいっすね。

ちなみに俺は昨日ライン交換した人

誰からも返信来てません(笑)

ちなみに待ち合わせはカフェですよね(笑)

頑張ってください。

 

若者は、待ち合わせはカフェですよねという矢野の言葉が、真面目な話なのか冗談なのかがわからなかった。だが、(笑)と語尾についているくらいだから、本人も冗談のつもりで言っているんだろうと解釈した。

 

その後若者は、あみと話したように、スカイツリーの観光を決行した。相変わらず東京の人は多かったが、今の若者はもう、東京の人の多さに気後れすることはなかった何といっても、この短期間で、若者は、出会ってからデートまでこぎつけたのだから。

 

若者はスカイツリーで、東京土産と、あみへの手土産を買った。

 

若者が矢野に、

 

あみさんに教えてもらったんで、

スカイツリー観光行くことにしました。

と報告したところ、

 

じゃあついでに彼女への

簡単な手土産でも買ったらいいんじゃないですか?

教えてもらった感謝も込めて。

というアドバイスをもらったのだ。

 

形に残るものはどうかと思い、女の子が好きそうな、お菓子と紅茶のセットに決めた。

 

一通り見た後に、若者はカフェで休憩することにした。

(ナンパ始めてよかった。やる気になりさえすれば、こんなに簡単に人生が変わるんだな)

 

スカイツリー観光からホテルに戻り、若者は少し休むことにした。前日からの疲れが残っていた。ベッドに倒れ込んで、1時間だけ眠った。

 

目を覚ました時、少し怠さはあったが、気分はよかった。それから浴槽にお湯を張り、風呂に入った。鏡にうつる自分が、いつもの自分とは少し違う気がした。

 

買ったばかりのヘアワックスを使い、少し毛先に遊びを入れた。チノパンに白シャツというシンプルなコーディネートだった。財布には、もしもの時のためのコンドームを忍ばせた。そんな自分を客観的に見て、少し恥ずかしくなった。

 

待ち合わせは渋谷のマークシティだった。待ち合わせの15分前に、若者は待ち合わせ場所に着いた。

 

事前の矢野のアドバイス通り、待ち合わせまでに1度ラインを送ってあった。

 

待ち合わせ19時で問題なさそうですか?

というものだった。

 

それに対するあみの返事は、

大丈夫です!

だった。

 

そして今、待ち合わせ10分前になったところで、ラインを送った。

 

着きました。

入り口にところにいます。

(送信)

 

すぐにあみから、

あと5分くらいで着きます

という返事が来た。

 

(よしっ。でも緊張するな)

 

それから5分経ったか経たないかというころで、若者のもとへあみはやってきた。

 

「こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」と言いながら、若者は自分の顔が自然と笑顔になるのを感じた。

(かっかわいい)

 

クラブで出会った時よりも、若者はあみがかわいく感じた。

 

さらさらの黒髪ロングのストレート、小動物のようなくりくりとした大きな瞳、整った鼻筋とぷっくりとした女の子らしい唇、身長は若者よりも15センチほど低く、淡いピンク色のワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織っていた。

 

「そっそのワンピース素敵ですね。春らしくて」

「そうですか。ありがとうございます」

若者は舞い上がっていた。

彼女はきっと、自分とのデートのためにオシャレして来たくれたのだと考えるだけで、すごくうれしくなった。

「じゃあ行きましょうか?」

「はい」

予約してあったのは、

渋谷の個室居酒屋だった。

 

あみと並んで歩く若者は、初めてこの地でナンパしようと降り立った時の若者とは、まるで違う人間だった。

 

「ここです」

「は~い」

 

矢野にお勧めされた店だったが、もちろん若者が足を踏み入れるのは初めてのことだった。

「予約してた者です」

「いらっしゃいませー。こちらの席にどうぞー」

元気のいい店員に通された席は、カップルシートの席だった。

(うわっ、大丈夫かな)

「どうぞっ」

と奥側の席にあみを通す。

「照明薄暗いですねw」

「そうですねーw」

メニューを開くと、ふつうの居酒屋というかんじだった。

「何飲みます?てか昨日お酒飲みましたよね?大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。昨日はあんまり飲んでないんで。モスコミュールにしようかな」

「食べ物は何にします?」

「え~、なんだろ?からあげとか(笑)」

「定番ですね(笑)」

「じゃあサラダ頼んでもいいですか?」

「いいですよ。何にしますか?」

「う~ん、アボカドサラダかな」

「女の人アボカド好きですよね」

「そうですね。私も大好きです。よくスーパーで買いますもん」

 

すぐに運ばれてきたお酒のグラスを合わせて、2人は「おつかれさま~」とグラスを合わせた。

 

「そういえばこれどうぞ。スカイツリーすごいよかったです。教えてくれたお礼に買ってきました」

「えっ?本当ですか?全然いいのに。でもめっちゃうれしいんですけど」

「大したものではないんであれですけど」

「いやいやすごいうれしいです。ありがとうございます」

 

「昨日は何時くらいに帰ったんですか?」

「2時半くらいだったと思います。タクシーで帰ったんですよ。そんなに遠くないんで」

「そうだったんですか。1人暮らしですか?」

「そうですよ」

「1人暮らしって大変じゃないですか?」

「でも自由で楽しいですよw門限とかないですし」

「実家、そういうの厳しかったんですか?」

「いや~、そんなことないですけど、やっぱり1人暮らしだと自由度が全然違いますよ。1人暮らししたことありませんか?」

「大学の時1人暮らししましたよ。東京じゃないんであんまり遊ぶ場所もなくて、夜出歩くこともなかったですが…」

「そうなんですか。まぁ私もクラブ行くの初めてで、普段夜出歩くこともないですけどね(笑)」

「そうですよね(笑)大学楽しいですか?3年生でしたっけ?」

「う~ん、すごい楽しいってかんじではないですけど、今は自由なんだなって思います。だって社会人って大変ですよね?」

そう言ってニコッとあみは微笑んだ。

「まぁあんまり楽しいと感じることはないです(笑)」

「やっぱり。なおさら今楽しまないと」

若者とあみは、当たり障りのない会話を交わした。

「彼女とかいるんですか?」

「いや、いないですよ」

「あみさんは彼氏いますか?」

「いませんよ」

「え~モテそうなのに」

「いや、全然モテないですよ」

「そうなんですか?すごいモテそうですけどね」

 

 

緊張もあって、若者はお酒を飲むペースが普段よりも早くなっていた。

 

ガタンっ

若者の腕が料理皿にぶつかった。

(やばい、少し飲み過ぎた)

その時店員が現れて、「ラストオーダーになりますがご注文はどうなさいますか?」と若者に向かって言った。

 

「あっ、何か飲みますか?」

「いや大丈夫です」

(もうそんな時間か)

「大丈夫です」

若者は店員に言った。

(まずいな)

「ちょっとトイレ行ってきますね」

「はい」

 

若者は、鏡の前で冷静さを取り戻そうと試みた。

(どうしよう?もう一軒挟むか)

時刻は20時45分だった。

 

「ちょっと飲み過ぎたかなー」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよw」

「じゃあ出ましょっか?」

「はい」

 

若者は会計を済ませるためにレジに向かった。

「7500円です」

「はい」

「私半分出しますね」

「いやいやいいですよ。学生さん払わせるわけにはいかないですよ」

「いいんですか?ごちそうさまです」

 

店を出た若者は、なんとかして形勢逆転を狙おうとしていた。

(このままじゃ解散になる)

(どうしよう?)

(よしっ)

「この後もしまだ時間あればカラオケ行きません?」

若者は勇気を振り絞って言った。

「カラオケですか。私下手ですよw」

「そんなの大丈夫です。行きましょう」

 

若者は事前に頭に入れた、矢野から譲り受けた渋谷での即のための導線に従って、駅の反対側にあるカラオケを目指して歩き出した。

「どこのカラオケ行くんですか?」

「あっちのほうに1個あった気がします。昼間ちょっと歩いたんですよ」

「私より詳しいですねw」

 

若者は、内心見つけられないんじゃないかと不安だったが、想定通り、若者の歩く先にカラオケ店はあった。

(よかった)

「ここです」

 

カラオケの個室に入ると、若者は、とうとうここまで来たかという感動と、これからどうしようか?という不安の、2つの感情を同時に味わった。

「何か歌います?」

若者はカラオケの機器をあみに手渡した。

「いや~、先歌ってくださいよ」

若者は、自分がカラオケに行こうと言った手前、率先して歌わないのも失礼かと思い直し、機器を受け取り、さっと思いついた曲を送信した。

(やばい、人前で歌うの久々で緊張する)

 

若者の歌はうまくも下手でもなかった。

 

「懐かしいですね~」

あみは、うまいとも下手とも言わずに、選曲に関しての感想だけを述べた。続いて歌ったあみの歌も、うまくも下手でもなかった。強いて言えば、少し声が小さかった。若者は1番こそ熱心に聞いていたものの、2番はほとんど耳に入ってこなかった。

 

これからどうするか?というので精一杯だったからだった。

 

さしあたり、若者はこの流れを2周繰り返した。

 

そしていよいよ行動に移すときが来たことを感じた。

 

「自分手けっこう指長いんですよね」

 

これは矢野のブログに書いてあった、手の大きさを比べて相手に触れるという方法だった。

あまりにも唐突過ぎるという点にまで、若者の考えは及ばなかった。

「本当だ」

「比べてみません?」

そう言って手を差し出した若者の手に、あみはすぐに手のひらを合わせた。

「本当だ!長い。でも私もけっこう指長い方なんですよ」

(やった)

(でもこの後どうすれば?)

 

若者は、少し指を丸めて、あみの指に絡ませた。

あみはとくに何も言わなかった。

沈黙が流れた。

 

カラオケの画面の中で、若者の知らないバンドのメンバーがしゃべっていた。

 

(やばい。何言おう?)

「今日はありがとうございます。ちなみに何で来てくれたんですか?」

「なんかいい人そうだったから。本当言うと、昨日何人かに声掛けられてライン交換したんですけど、なんかみんな遊んでそうなかんじだったんで、ラインの返事返してません」

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 

若者は、突然身動きができなくなった。

いい人そうだったから、という言葉を聞いて、若者は身動きできなくなってしまった。

 

若者はそっと手を離した。

 

「自分はあみさんみたいな人と会えてよかったです」

「私もですw」

 

「せっかく来たんで歌いましょ」

「そうですね」

若者は、また1曲懐メロを送信した。

そして次にあみが歌った。それを繰り返したら、退出の時間になった。

 

「今日は楽しかったです」

「私も楽しかったです」

 

若者はこれでよかったような気がした。

 

即できなかったが、失敗ではないような気がした。

だけど100点とは程遠いこともわかっていた。

 

この後、あみとは何度かラインのやりとりをしたのだが、

再会は叶わず、

「彼氏できたんです」という彼女の言葉を最後に、

あみとの関係は終わりを迎えた。

 

若者は、また1段階段をのぼった。