「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第8夜 グッバイラブファースト編】

ナンパ物語

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

前回までの話。

「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【第7夜 ノンインスタント編】

 

まりあと付き合ってから3ヵ月が経っていた。

若者は、ほとんどナンパをしなくなっていた。

 

仕事は少しずつ忙しくなっていたが、それも含めて若者は充実した日々を過ごしていた。ノンインスタントをナンパの指針としてからは、SHOたちのグループとナンパすることもなくなっていた。

 

若者はこれでいいと思っていた。

 

しかし、若者はどこかでありきたりな幸福というものに退屈を感じていた。

 

まりあに不満があったわけではなかったが、1人で街を歩いている時も、まりあと歩いている時も、見知らぬ美女を目で追ってしまう自分がいることに若者は気付いた。

 

(自分はもう、ナンパなんかしなくたって幸せなんだ)

若者は無理やりそう思い込もうしたが、若者好みの女の子を見かけた時には、声を掛けに行きたい衝動にかられることがあった。

 

(このモヤモヤは何だろう?)

(幸せって一体何だろう?)

 

若者が再びナンパの世界に戻るのに、それほど長い時間はかからなかった。

 

 

会社の飲み会の帰りだった。

酔った若者は、なぜか無性にナンパをしたくなった。まりあの家に行く約束をしていたが、「ごめん、飲み過ぎたから今日はやめとくわ」と断り、ナンパをするために夜の渋谷に降り立った。

 

オシャレな子、顔がかわいい子、スタイルのいい子、夜の渋谷には欲望の全てがあった。

 

(やっぱりこれだ。心がザワザワするこのかんじ)

「こんばんは~、今ちょっとお時間ありますか?ほんのちょっと、3時間くらいなんですけど」

「えっ?」

「全然ちょっとじゃなじゃん?って今思いましたよね?wいや、今会社の飲み会帰りで、飲み会中ずっと上司のから揚げにレモン絞ってて、あんまり飲んだり食べたりできなかったんで、もう一軒行きたいなと思ってたんですけど、どうですか?」

「大変ですねw」

「仕事なんでwまぁ冗談ですけどwOKですか?」

「う~ん」

「あっその前に一個聞いてもいいですか?から揚げにはレモン絞る派ですか?それともレモンいらない派っすか?」

「えっ、私はレモンはかけませんw」

「よかった。一緒だ」

 

若者は、渋谷のラブホテルで彼女と一晩を過ごした。

 

その後も若者は、まりあにウソをついてナンパをし続けた。

 

いつしか若者は、罪悪感を感じながらナンパをするようになった。

 

まりあと喧嘩をするようにもなった。

若者は、まりあのちょっとしたことにイライラすることが増えたが、それはまりあの言動に対してというよりも、まりあにウソをつきながら会っている若者自身に対してだった。

 

「好き」とまりあに言われる度に、

心がえぐられるように痛かった。

それに比べて、喧嘩の時に「嫌い」と言われる時には、少し心が楽になった。

 

相変わらずブログを書き続けていた若者は、若者自身の中にあるモヤモヤを文章にして吐き出した。

 

【タイトル】「ナンパをやめることはできるのだろうか?」

 

ナンパを始める前には考えられないほどかわいい子と付き合うことができた。

彼女は、かわいいだけじゃなくて性格もよかった。

 

もしも彼女1人にだけ向き合うことができれば、もうナンパをする必要はなくなる。

 

ロクに知りもしない女の子に、無視をされることもなくなれば、「そろそろ結果を出さなきゃな」と気に病む必要もなくなる。常識的な見解をすれば、僕はナンパをやめるべきなのだと思う。

 

でももしも今日この時点から、たった1人の女の子としかキスをできないとしたら、それを受け入れる自信がない。

 

街中にはたくさんの女の子がいる。

 

そして自分には、その女の子を惹きつける能力がある。

 

10年経ったら、ルックスは衰えて、見向きもされなくなるかもしれない。

 

でも今はそうじゃない。

 

今、自分には力がある。

 

今まで生きてきて、これといって何かを残せてきたわけじゃない平凡な自分が、人に影響を与えることができたのがナンパだった。

 

ナンパをやめるのは難しい。今僕は、強くそう感じている。

 

スポーツ選手が、ある種の限界のようなものを感じて引退することがあるが、スポーツ選手というのは、何も1人で限界を決めるわけではない。

 

一般的に引退とされるような歳になっても、現役であり続ける人もいる。

 

そこには需要と供給の関係がある。

 

本人が「まだやれる」と考えていても、試合に呼ばれなくなれば、彼らは嫌でも引退を考えるだろう。

 

ナンパのプレイヤーはそうはいかない。誰かがちょうどいい時に、肩を叩いてくれたりはしないのだ。歳をとれば成果を出しにくくなるかもしれない。でもそれはルックスを武器にナンパをしていたという前提つきだし、やり方を変えれば歳をとっても変わらずに成果は出せる。

 

それにナンパは、確率と根性の要素が大きい世界でもあるから、成果が出なくても「次は」と思い続けてしまうこともある。

 

ナンパのプレイヤーは、自らで自らの方を肩を叩かねばならないのだ。

 

「今日を持って狩りをやめます」と自らの牙を置くというのは、男してとても覚悟のいることだと思う。

「若者のブログ」より

 

この投稿から数日後、Xと名乗るナンパ師からコンタクトがあった。

 

Xは、サラリーマンでナンパ師だった。

 

若者とXは、金曜日の夜に会うことになった。

 

「はじめまして、メールありがとうございます」

「いつもブログ読んでますよ」

 

Xは仕事帰りで、スーツ姿だった。

 

髪は短くカットされていて、身長は180cm近く、35歳。

 

スーツの着こなしがパーフェクトで、いかにもできるビジネスマンという雰囲気だった。

 

(人間としても、ナンパ師としても格上だ)

 

若者は少し委縮しそうになったが、Xはできるナンパ師特有の愛想のよさでもって、若者のファイティングポーズを取り払ってしまった。

(これでモテないわけがない)

 

「ナンパやめようか悩んでるんですか?」

Xは言った。

「いや、やめようかというか、やめたほうが幸せなんじゃないかって思うんですよ。今こうしてナンパしているのって、自分で自分の幸せを壊しているだけな気がして」

「僕もそういう時期はありましたよwメールでも言いましたが、僕は結婚していて、子どもも2人いるんですよ。それで罪悪感感じるなっていうほうが無理じゃないですか?w」

「そうですねwでもナンパしてるって、バレないんですか?」

「まぁ毎日やってるわけじゃないですからねw仕事柄飲み会とか多いし、逐一報告しなきゃならないほど厳しくもないですし」

「そうなんですか。あの、聞きたいことがあったんですけど、ナンパって、結婚して辞めたりして、またしばらくして始めたかんじです?」

「さすがに結婚した時は辞めましたねwそれから一年後に、ちょうど子どもが生まれた頃だったんですけど、なんか家に居てもグダグダ言われることが多くなった頃かな。仕事してた方が気楽だって毎日遅くまで働いてたんですけど、それで1人で飲んだ帰りに、ちょっと声掛けてみたんですけよ。なんかそいういう時に限ってうまくいっちゃってwそれから今に至ります。親としてどうかと思いますけどねw」

「そうだったんですか。やっぱりナンパを辞めるのは難しいと思いますか?」

「う~ん、どうだろ。やるなって言われたらやらなくてもいいような気もしますけどねwでもやっぱり歳をとるとわかるようになるんですけど、見た目もそうですけど、いつまでもできるわけじゃないんだなって思うと、それは今じゃないっていう思考になってしまいます」

「それはわかります。それと、今でもナンパをすることに罪悪感を感じますか?」

「う~ん、やっぱり感じると思います。家族で旅行とか行ったりして、子どもの顔見てたりすると、すごく幸せな気持ちになります。でもその幸せを壊してしまう危険性を自分の行動が孕んでいるって思うと、たしかに複雑な気持ちにはなります」

「でも結婚って、ドラマなんかだと人生のゴールのように扱われてたりしますけど、現実はそんなんじゃないですからねw地獄、とまでは言わないですけどw家で1人で本一冊読むのも一苦労ですよw」

「それは大変ですねw自分も、結婚にはあんまりいいイメージがないですw」

「じゃあ人生の先輩としてアドバイスしておきます。結婚はしないほうがいいですよw」

その後、若者とXはそれぞれでナンパをし、Xは5人目に声を掛けた女の子と、夜の歓楽街へと消えていった。

 

(結婚しても、ナンパをやめられない人もいる)

(1人の人を愛して、愛されて、それでも幸せになれない人もいる)

若者はますますわからなくなった。

 

それから3日後に、若者はまりあに「別れよう」と伝えた。

 

伝えた直後こそ、「なんで?」と納得しないまりあだったが、1時間話し合った結果「うん」とうなずいた。

 

 

まりあは忘れていたのかもしれなかった。

若者とまりあの出会いがナンパだったということを。

 

まりあと別れる決断をしたのは若者だったが、思いのほかショックが大きかった。

 

心の一部をあげてしまった相手と別れるのは辛い。

高校や大学で同じクラスになって、3年、4年一緒に過ごした仲間との別れとは、またべつのベクトルの辛さだった。

 

ほんの数カ月でも、笑い合ってキスをして、触れ合い心を許した相手には、心の一部をもっていかれてしまう。

 

そして己もまた、失った部分の溝の分だけ相手から受け取ることになる。

 

レイモンド・チャンドラーが言ってたっけ。

 

「さよならを言うことは、少しのあいだ死ぬことだ」って。

 

少し経つと、若者はまた街に出るようになった。

 

でも街に出ても、声を掛けたいと思うような女の子は見つからなかった。

 

見つからなかったから、夜の渋谷をひたすら歩いた。

 

疲れたら、カフェに入ってブログを書いた。

 

楽しそうに笑っている人がたくさんいた。少なくとも若者の目には楽しそうにうつった。彼らが本当に楽しいと感じているのかは、若者にはわからなかった。

 

「まだナンパでできることがあるのかわからないんです」

若者は、また矢野に相談することにした。

矢野なら何かを知っているのではないかと思ったのだ。

 

「これまでの人生で、本当にいいなって思った人とうまくいったことはありますか?」

矢野は言った。

「本当にいい人ですか?」

「はい。ナンパって、特定の誰かにアプローチするというよりも、その空間にいる良さそうな人全員に対してアプローチしているようなものじゃないですか?誰でもいいってわけじゃないですけど、絶対にその人がいいっていうよりも、OKしてくれたから遊ぶみたいなところがあるじゃないですか?」

「はい」

「でも学生の頃の恋愛ってそういうものじゃなかったはずです。特定の1人に対して、あれこれアプローチの仕方を変えて挑んで。それにナンパでも、もしも街中から誰でも好きな人を選べるって言われたら、言い方は悪いですけど、これまで遊んできた人たちが、その時のベストだったと心から言える人ってあんまりいないと思うんですよ」

「学生時代は、好きな人にはいつもフラれてきました。たしかにナンパでも、本当にすごいタイプの人とはうまいかないです。それに声掛ける前から、あの人は無視だろうなって始めから声すら掛けないこともあります」

「そうですか。これはナンパのボトルネックで、これを超えることがナンパの最終課題でもあります」

「ナンパって、世間一般のイメージでは、誰でもいいからSEXできる相手を探すという無差別な行為ですよね?でもナンパをしている当事者にしてみれば、必ずしもそういう考えじゃない。その本人にしてみれば、「めちゃくちゃタイプだったんで」という言葉通りに、めちゃくちゃタイプの人にだけ声を掛けているのかもしれない。でもその相手が1人ということは稀です。自分のタイプの範囲の中で、無差別に声を掛けているだけです。そしてなぜそうなるかと言えば、ナンパは確率のゲームだからです。確率のゲームだから、必ずうまくいかないことがあり得る。そして結果を出すためには、母数を増やすことが必要です。だからナンパでは狙い撃ちがめちゃくちゃ難しいんですよ」

「ナンパを始める前はみんな、同じ人間は世界に誰一人としていないことを知っています。でもナンパを始めて、その世界に染まると、ナンパ師はみな、〇〇ちゃんという個人ではなく、許容範囲の女として対象をひとまとめに見るようになります。よくフラれた人に対する恋愛アドバイスで、世の中には男(女)は、星の数ほどいるというのがありますが、ナンパ師はある意味、それを地で行ってます。俺が思うに、ナンパ師って、女を落とすのはうまいですが、特定の○○ちゃんを落とすのは下手なんじゃないかと」

「たった1人を追いかける….」

「はい、それがナンパの終着点です。でもそれってめっちゃ恐いことですよ。今までのナンパと違って、失敗しても気にせず、すぐに次とはいかないですから」