ナンパとモチベーション。人生とナンパの壮大な話。

ナンパにおけるモチベーションの問題は、ナンパをやる人ならほぼ例外なくぶち当たる問題だと思う。

ナンパという活動は、モチベーションを保つのがマジで難しい。

モチベーションが保てなくなった理由が、自分には向いてないとか、ナンパでやりたかったことを達成したというのであれば、そのままナンパをやめてしまって構わないかもしれない。

しかし、ナンパをやりたい、やらなきゃいけないような気がしているのにも関わらず、家を出るのが億劫なこともある。

ナンパをやりたいと考えているなら、モチベーションは十分高いじゃないか?と思うかもしれないが、ナンパをやりたいと心の中で思っているのと、実際に家を出て声を掛けることとの間にはけっこうな差がある。

 

というのもこういった場合には、ナンパをしたい、というかかわいい女の子と遊びたい、しかし、ナンパの声を掛けて、何人かに無視されたり、連れ出せたものの何もできずに失敗したり、どんなに頑張っても必ずうまくいくわけではないという不確実さを受け入れるのが面倒だと感じて、家を出るのが億劫になったりする。

まぁ言ってみれば、女の子と遊ぶのは好きだが、ナンパそのもののモチベーションは下がってしまっている状態である。

仕事であれば、モチベーションが下がったといっても、それですぐに仕事を辞める理由にはならないし、おそらく翌日も変わらず会社に出社するだろう。

 

しかし、ナンパはそうはいかない。やらなくても誰にも何も言われないし、何も困ることがないからである。ただ自分の心の奥にモヤモヤがまとわりつくだけのことである。この状態になってまでなおナンパを続けるべきなのかは、正直俺にはわからない。

それはもしかしたら他の何かに目を向けるべき時が来ていることを示唆しているのかもしれないし、ただスランプに陥っただけのことなのかもしれない。それでも一応長くナンパを続けている身として、ナンパのモチベーションを何らかの方法であげることができないかを考えてみた。

ナンパブログを読む

これはナンパを始めてから今に至るまで俺はずっとやっている。

成功談を見て自分もやってやるとテンションを高めることもあれば、えげつない失敗談を見て、ナイスファイトとか俺の失敗なんてまだマシなほうだなとか思ったりしている。あと1人でナンパしている時にも、自分の読んでいるナンパブログのナンパ師が、同じようにナンパしているんだと思うと少し勇気が湧く。

しかしナンパブログは更新が止まりやすい傾向にあるので、せっかく面白いブログでも放置状態のものがけっこうあり残念に感じている。

酒を飲む

飲み会帰りなどはめっちゃナンパしたくなったりするけど、やはり酒を飲むとテンションが上がってナンパのモチベーションを取り戻しやすい。しかし酒は飲みすぎるとうまくコミュニケーションを取りづらくなるのでほどほどに。

オナ禁

オナニー、SEX禁止。やはり特定の相手がいると、めんどくさいからいいやとなってしまいがちなので、あえてそういう人とは連絡を絶ち、ナンパをしないと性欲を満たせないという状況に自らを追い込むことで、モチベーションを取り戻す。

新しい知識を取り入れる

ナンパブログを読んだり本を読んだりして、ナンパに使えそうな新しい知識を取り入れることで、これ試したいとなって、街に出る動機にする。

人に教える

ナンパがうまくなって、ナンパでできることはなくなって、それでもまだナンパをやっている人の多くは、この道をたどっている。やはり自分だけでやっても行き詰る時が来るのがナンパである。そこで、みんなで情報や喜びを共有したりすることで、人が成長することに喜びを見いだすようになる。

残りの人生でナンパできる日数を数えてみる

普段やっている些細なことも、限りがあると知ることでかけがえのないものに感じることがある。ナンパだって、死ぬまで杖つきながらでも声を掛けるという強者を除けば、30歳までが限度かなとか40までとか、自分の中で薄っすらでもリミットというものが見えているはずである。そのリミットを考えた時に、今日このまま家でテレビを見て過ごすことがベストな選択なのか?という問いが浮かんできたりする。俺の答えはずっとNOだった。

ナンパから完全に離れる

最後はこれっす。ナンパはブランクが命取りになるから少しやらないだけでまた地蔵になることがある。タバコと同じで全く吸ったことがない人に比べたら、再度やった時にすぐ慣れるが。ナンパから一度離れて他にことに一生懸命になる中で、またナンパがやりたくなったり、新しい視点を手に入れることができる。だから最近ナンパしてもパッとしないなという時には、完全にナンパから離れるのもあり。

 

何か使えそうなものはありましたか?

最後にナンパと切っても切れない関係にある期待の話をしようと思う。

我々は歳をとるにつれて、人生に期待しなくなっていく傾向にある。子どもの頃になりたかったサッカー選手になる夢も、パン屋さんになる夢も、その当時はみんな微笑んでくれたけど、大の大人になった今、それを言葉にすれば、現実を見ろとか絶対に失敗するとか言われる世の中である。

我々自身もまた、自分の可能性に対してもそうだし、世の中に対しても少しずつ期待しなくなっていく。日本の政治なんか、高齢者が退職後の娯楽に興味を持っているくらいで、多くの若者が、自分たちに何をしてくれるかに興味を持たなければ、自分たちが何をできるかにも興味を持たない。

 

なぜこんなことになってしまったのかと言えば、我々は期待は裏切るというのを経験上知っているからである。好きな子に告白した時も、入りたかった会社の面接も、期待が大きければ大きいほどに、それが叶わなかった時のショックはすさまじく大きい。あなただってそんな経験のいくつかはあると思うし、俺にはたくさんある。

 

だから我々は自らの身を守るために、自分にもまわりにも過剰に期待しないという生き方を覚え実践していく。それが大人になるということかもしれない。当たり障りなく生きていれば、それほど楽しいことは起こらないが、それほどガッカリすることもない。

 

俺は最近、自分に期待することも、世の中に期待することもキツイことなんだってつくづく思った。全力を出し切っても心の底から願っても、その通りにいかないことがあまりにも多すぎる。人はそんなことは当たり前だとかそれが人生だとか言うかもしれないけど、俺はまわりの大人が同じように、苦しんでいるとは思えなかった。過去には苦しんできたのかもしれないが。

 

俺の友人に恋愛関係で傷つかない人がいる。俺の知る限りの話であって、もちろん過去には何度か傷ついているだろうが、今彼は、デートの途中で沈黙に苦しむこともなければ、デート後にラインが既読スルーされて他のことが手に着かなくなることもない。もちろんそれは彼の恋愛レベルがめちゃくちゃ高いということではない。そう、彼は傷つくことを恐れて、一歩を踏み出す勇気を持てないでいるのだ。

一方で俺は、俺やあなたは、思うように相手を楽しませることができなくて自己嫌悪に陥ったり、カッコいい奴がいい思いをしているのを見て嫉妬に苦しんだりしている。

 

あなたは思ったことがあるかもしれない。

なぜ

なぜこんなに苦しい思いをしてまで…

女の子と遊びたいというたったそれだけのことで、

 

なぜこんなにも苦しい思いをしなければならないのか?と。

 

俺は何度も思った。今日今この瞬間も思っている。

お気楽な奴なんてまわりにたくさんいる。

生まれた時から恵まれている奴だっている。

俺はなぜ、こんなやりきれない思いを抱えたまま街に出なければならないのか?と、俺は何度も考えた。

 

その答えの一つとして、

この世の中の法則を考えた。

 

戦わなければ(期待を持たなければ)、傷つくことはない。

しかし、戦わなければ(期待を持たなければ)、人生を味わい尽くすことはできない。

 

何かを成し遂げてきた人たちに言える共通点の一つとして、

みんな失敗やどん底を経験しながら

這い上がってきたというのが挙げられる。

成功者の自伝を読むと、

誰もが困難を乗り越えてきていることがわかる。

生きていくうえで、別にそれほど欲しい、成し遂げたいものがなければ、

戦わないという選択も可能なのだ。

しかし、何かを欲しいとか成し遂げたいと思った時には、

必ず戦わなければならないのだ。

 

俺は自ら望んでいないにしても、この世に生まれた。

ルックスもコミュニケーション能力も、何もかも、

ただ生きているだけで女の子を惹きつけられるとは程遠い状態で、

この人生というゲームをプレイすることになった。

でも、幸か不幸か、

何かに期待する力だけは誰よりも強かった。

 

自分に期待して、まわりに期待して、

日本に期待して、世界に期待して、

俺は美人と遊べたらいいなという日常的なことから、

世の中がよくなればいいなというちょっと浮世離れ的なひそかな願望まで、

俺はあらゆる期待を心の中に抱いている。

 

その期待はよく裏切られる。とくに自分に。

それでも俺は生きる限り、

この期待をやめないんだろうと思う。

期待が大きければ大きいほど、

うまくいかなかった時のショックは大きくなる。

でもそれに恐れを抱く前に、

それがうまくいった時の喜びを想像するほうが先だし、

人生は楽しいものになるんじゃないかとも思う。

 

今日家を出れば、

素敵な女性と出会えるかもしれない。

 

俺はいつもこの言葉を心の中で唱え続けてきた。

どうせ無理とか

今日もいつもと同じとか

そう考えるのは楽だ。

そう結論付ければ、

やらなくてよくなるのだから。

昨日は散々だったけど、

今日は出会えるかもしれないと自分自身に言った時、

よっしゃやってやるぜと靴を履くのは、

歳をとるにつれて、失敗の経験が増えるにつれて、

しんどいものになっていく。

今俺は強くそう感じている。

 

でも、

それでも俺がまた街に出るのは、

人生に期待するのは、

俺がナンパをこれまでやってきたからこそなんだと思う。

俺はナンパから大事なことを教わった。

そこが俺と、他の大人との間の決定的な違いだったんだ。

つまり期待は、

思いもよらぬ形で、しかもあっけなく叶うことがあるということ。そしてそういう思いがけない類の幸せは、その瞬間にその場所にいた者にだけ配られるってこと。

俺はナンパを通して、こんな人生の秘訣を知ったのだ。

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