可能性は無限だと信じてやまなかった高校時代

はじめて見知らぬ異性に声を掛けたのは高校生の頃だった。この頃の矢野には恐いものなど何もなかった。

自分にはリアルな恋愛は無理だと諦めラブプラスを購入した大学時代

人間は狭い環境にいたり知らないことが多いと、恐いもの知らずで生きていける。大人はみんなかつては子どもで、みんな同じように恐いものなどない生活を送ってきたはずである。サッカー選手になりたいという夢も、甲子園に出たいという夢も、本人がやりたいと思うかどうかこそ重要で、どれも不可能なことだとは思えなかった。俺も例に漏れず、可能性の塊だった。どんな女の子とでも付き合う権利があると思っていたし、将来は大金持ちになるかもしれなかった。あるいは、ごくふつうの会社に入って結婚して、子どもを2人くらい授かって、マイホームを持って、幸せな家庭を築いているかもしれなかった。ちなみに高校の頃の俺の目標は、金持ちの女の人をつかまえて遊びながら暮らすことだと公言していた。とにかくどんなものでも、やる気になりさえすれば叶うことだと思っていた。

小学校、中学校、高校、大学、社会人と区切った時に、一番かっこいいという言葉を言われたのが高校時代だった。女の子だけじゃなく男にもめちゃくちゃ言われたし、俺も調子に乗って、一度も話したことのない他のクラスの女の子とかに話しかけるようになって連絡先を聞きまくった。みんな驚くほど簡単に教えてくれて、これは学校の外でもいけるんじゃないかと考えて、他校の女の子に話しかけた。これが俺のはじめてのナンパだった。高校時代は1人しか彼女ができなかったが、自分から勇気を出して一歩を踏み出せば何でもできると気付いた瞬間だった。

この頃は学校にいる時も家にいる時も何かしらの手段で女の子と接していたように思う。学校では必ず女の子が隣の席にいるから話したりするし、家では毎日誰かしらとメールをしていた。放課後の階段や体育館前、学校の傍の公園で、女の子と話し合った。いつも何人かと同時にメールしていて、多い時は最大5人くらいと同時にメールしていた気がする。風呂に入っている時も携帯を持ち込んでいた。どこに行くときもお守りのように携帯電話を持ち歩いていた。今の学生はラインの既読スルーに悩んだりしているが、俺もメールの返信が遅くて何も手に着かなかったことはよくある。ちなみにこの頃の俺の恋愛のメンターは、「LOVE at Night」という本の著者であり、恋愛エキスパートを名乗る有也氏だった。あとは今も存在する某恋愛応援サイトで、高校性の頃の俺はこれらに多大な影響を受けて受けていた。今思えば赤面するようなセリフを平気で言っていたのも、メンターの影響だったw

振り返ってみると、この頃は生きていても物事をそんなに難しく考えなかったんじゃないかな。そりゃ高校生特有の悩みはあったろうが、あらゆる行動指針が、それはモテるかどうか?に沿っていて、そんな唯一にして明確な判断基準があったから生きやすかったのかもしれない。何もかもうまくやれると露程も疑わず、可能性は無限で、それがどこまでも続いていくと信じてやまなかった。俺は誰にも何をも批判されたことがなかった。俺は裸の王様だった。

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