ナンパをやめるな。さっさと声を掛けろ。黙って成果を出せ。

ナンパは我々男に与えられた最後の希望なのだ。

日常生活で全くモテずに女の子と付き合うことのできない人がナンパを始めると、大抵の場合、街の女の子に叩きのめされることになる。日常でモテない人が、街中という無慈悲な戦場でいきなりモテるようになるわけがないからである。もしもそんなことがあるなら、誰だってナンパするようになるだろう。しかし同時に、日常で全くモテない男が、何人もの女の子と付き合えたり、美女と付き合える現実的な手段はナンパであるというジレンマを抱えている。それゆえ、背水の陣のようなかたちでナンパシーンに飛び込むものの、だからといってそれだけで劇的に何かが変わるわけではなく、普段では味わうことのないような過酷な現実を乗り越えなければ、その先にある蜜を吸うことはできない。

それに耐えることができずに、ナンパを始めたはいいものの何もできずにナンパをやめる人がいる。それはあまりにも世の法則に反した行為に思える。我々は皆経験上わかっているはずなのだ。おいしい話はないということを。ナンパだってそうだ。ナンパは全然おいしい話なんかじゃない。ナンパは知る人ぞ知るものなんかじゃない。誰でも知っていて誰でもできる。だけど誰もがやるわけじゃない。街中ですれ違っただけの美女と一晩を過ごすことができる。それは男にとって理想的な行為のはずなのに、誰もが必死になって追いかけるわけじゃない。その理由を考えてみよう。ナンパは決しておいしい話ではないと皆知っているからである。ナンパでもやってみれば?と友達に言ってみても、よっしゃやってやるぜと言うような人はそうそういない。街中で声掛けるとか無理というのが大方の意見である。それはもったいなく思えるが、その予想はあながち間違ってはいない。だってナンパを始めた人の多くが、この声を掛けたいのに声を掛けられないというどつぼにはまるのだから。中には興味を持った人もいたが、一緒にクラブに入ると足が動かなくなって、彼はついぞ声を掛けることはなかった。

俺には不思議でならなかった。恋人を欲しいと思っている。20何年間ふつうに日常生活を送ってきて恋人ができなかった。それなのにまだ同じように生きようというのか?俺にはそれが不思議でならなかった。彼らは生きてさえいれば何かが変わるとでも言いたげに、自分から何かをやってみようという発想が欠落していた。それに比べたら、ナンパをやろうと思い実際にやってみたというだけで、何もせずに待っているだけの人よりも幸せになれる可能性がある。しかしナンパを始めたはいいもののすぐにやめる人は、おいしい話はないという世の法則に反している。だからナンパを始めようと思うなら、生半可な気持ちではなく、何が何でもやってやると決意したほうがいい。だって、ナンパをやめても待っているのはまた同じような冴えない日々だろう?無視されるのはつらいかもしれないし、他の人が成果の出ている横で自分だけ何の成果も出ないのはつらいかもしれない。だけどだからと言って、またあの何もない日々に戻るのか?それが嫌なら、さっさと声を掛けろ、黙って成果を出せ。自分には無理だという理由で決してナンパをやめるな。覚悟を持て。情熱の炎を燃やせ。後ろを振り返るな。

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