クラブナンパの敵(競合)は誰なのだろうか?クラブナンパで成果を欲し過ぎて見失ったこと

六本木一美女が集まると噂のクラブには、今宵もその美女と釣り合うような男が集まる。

高身長のイケメンで、話がうまくて社内では期待のルーキー、俺が女だったら惚れていただろう。それに比べて俺はどうだ?何かたった一つでも彼に勝てるものがあるだろうか?見当たらないな。俺のほうがナンパの知識や経験はあるかもしれない。だけどそれはナンパの成功率にはさほど関係ないだろう。女の子にとってそんなものは害毒でしかないのだから。女の子にとって大事なのは今目の前にいる魅力的な男なのだ。俺が女でも彼を選ぶだろう。

クラブナンパの経歴を振り返ってみると、俺にとってこの競合の存在は長い間悩みの種だった。クラブに行けばわかるけど、クラブではノリのいいイケメンは声を掛けても女の子の反応がいいし、女の子があの人かっこいいよねと囁き合って、酔っている勢いもあって女の子の方から声を掛けることもある。俺はもちろんないけどねwそんな奴らにどうやって勝てっていうんだ?どうしても成果が欲しくてでもうまくいかなくて、それでも懲りずに毎週のようにクラブに通いつめていた時、クラブにいる男はみんな敵に見えていた。イケメンが美女と仲良くしゃべっている時には、お前のせいでナンパがうまくいかなんだよと思った。早い話が嫉妬という泥沼にはまっていた。人は何の成果も出ない活動を情熱を持って続けることはできない。悔しい思いをするためだけに行くクラブから、少しずつ足が遠のいていった。

街中でのナンパにも競合はいる。しかし渋谷のセンター街や表参道といった競合が密集しているポイントを除けば、広い街の舞台で独断場を演じることができる。競合がいて1人や2人美女が連れ出されたところで、それで街中から美女がいなくなるほど美女は希少種ではない。しかしクラブでは違う。少数の美女に対して次から次へと男が詰め寄る。それに比べて街中でのナンパはそれほど競合が気にならない。クラブに比べたらずっと健全な心でナンパに臨める。クラブナンパはもうやめようと思った。

ナンパ師がクラブナンパをやめるのはどんなときだろうか?

それは本来みんなで楽しむべき場所でまわりの人が敵に見えるようになった時である。

クラブナンパは最初こそ非日常感が楽しいが、慣れてしまえばナンパをする人間である以上、本来の楽しみ方を忘れて、SEXという目に見える成果を出さないことは死を意味するようになる。

それでクラブに行くこと=楽しむためではなく、SEXの相手を調達しに行くことになる。

男であればクラブに行く以上誰でもラッキーを期待していくだろうが、ナンパ師のそれはあわよくばと思っているような男の比ではない。我々にとってSEXという結果こそがクラブの存在証明になるのだ。

ところがこの考え方が他者への嫉妬の引き金を引く原因になった。うまくいっている奴がムカつく。イケメンがムカつく。大音量の音楽がウザい。

俺はこんなふうに思うためにクラブの世界に足を踏み入れたわけじゃなかった。

みんなで楽しくお酒を飲んで踊って、気の合う女の子がいたらワンナイトラブもあり得ると期待して、クラブの本質はそこにあるはずだった。

はじめて行ったクラブで30歳のサラリーマンとコンビナンパしたこと、ヒップホップイベントで1人浮いてた俺に話しかけてくれたDJ、大阪から来たイケメンと意気投合してクラブをハシゴしたこと。1人で行っても楽しめるしナンパに失敗しても楽しめる、自分が楽しんでいればいろんな人がまわりに寄ってきて出会いが生まれる。それがクラブという場所だった。真顔でぎょろぎょろと女の子を物色してるナンパ野郎に話しかけてみようと思う奴がどこにいるだろう?ナンパの成果を追い求めれば追い求めるほど、楽しさからは遠ざかっていった。それに気付いて俺はクラブナンパの成果を捨てた。

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