ぼくは愛を証明しようと思う(藤沢数希)はナンパ本なのだろうか?

モテ本

「ぼくは愛を証明しようと思う。」を読んだ。

恋愛工学というワードを日本に広めたナンパ本である。

『ぼくは愛を証明しようと思う』

2時間くらいでパラパラと速読に近いかんじで読んだから、真意を読み取れていないところもあるが感想を書こうと思う。

読んでよかった。

これが俺の感想である。

Amazonなんかでレビューを見てみたらひどい書かれようwww

低俗なナンパ本。

ゲームのパクリ。

内容からして批判の声が出るのは避けれない書籍ではある。

女の子が読んだら嫌悪感を持つ内容は多いしwwww、真面目な男が読んだらむかつくセリフも多い。主人公の渡辺うらやましいぞふざけんなという批判を、一応俺もしておく。

この本はナンパ本ではない。

 俺が最初に言いたいのはこの点である。この本はナンパ本ではない。読み物としての小説に分類される本である。だからあくまでもフィクションとして、文学作品として楽しむべき。

だってこの本を読んでもナンパはうまくならないと思うよ。 

ナンパのテクニックに関してなら自分で言うのはあれだが、絶対に俺のブログのほうが上であるw

この本ではナンパのテクニックに関しては参考になることはほぼなかった。読み返したらいっぱいあったw

恋愛工学といっているが、心理学の分野でもともと知られているテクニックしかなく、「恋愛工学とは結局何なのか?」が」俺にはよくわからないw ただ名前変えただけじゃねえかw

だけどナンパがうまくなるために使えないわけじゃなくて戦術としてのテクニックはクソだが戦略としてはめっちゃ参考になる部分が多い。

そして主人公渡辺のメンター永沢さんの言葉には、考えさせられることも多かったw 

ちなみに俺は永沢さんに惚れている。

ゲームのパクリなのか?

ナンパの聖書になりつつある「ザ・ゲーム」(ニール・ストラウス)のパクリとの声もあがってるが、ゲームを読んだのが3年前くらいで古本屋に売ってしまって今手元にないから、もう一度買って読んで確かめてみようと思うw

後日再購入して読んだが、
べつにパクリとは思わなかった。

何を伝えたいのか?よくわからない

著者が何を伝えたくてこの本を世に出したかは一度読んだだけでは俺にはわからなかった。

愛を証明するとは何だ?

ネタバレになるから書かないが俺にはよくわからなかった。本のタイトルについては書いた人ではなく、出版社の誰かが売れるようにキャッチーなタイトルをつけるというのをどっかで読んだから期待外れになるのは仕方ないのかもしれないw

現実のナンパはこんなにうまくいかないよ

マジで主人公うまくいきすぎw 

本だから仕方ないが。

主人公渡辺のルックスレベルはわからんが、全体的にスペックが高く、あとコンビナンパは相方が最強ならそれだけでめっちゃイージーモードになるから、それは前提として理解しておいたほうがいい。

途中主人公の渡辺うらやましすぎるだろと思わず嫉妬してしまう場面もありましたとこをお伝えしておきますww

こんなのをナンパをやったことのない人が真に受けてやってみたらね、うまくいかなすぎてもう本を破りたくなるレベルだと思うw

モデルの女の子と…し出した時には思わず本を破りそうになったほど

主人公には共感できる

主人公が通ったルートは俺も通ってきたルートでもあるから共感できる部分も多くあった。

  • ナンパに目覚める
  • SEXの人数を追う
  • 空しくなる
  • 最高の1人を追う
  • スランプに陥る
  • 最高の1人と出会う

ざっくりだがナンパ師の多くはこんなルートを通る。

俺も非モテコミットをするような男だったから主人公の苦しみはよくわかる。

※非モテコミットとは、ちょと優しくされただけで女の子のことを好きになり、一度好きになるとその人しか見えなくなりキモイ行動をしてしまうこと。

そしてモテるのはそれまで自分が思っていた優しい男像ではなかったとわかった時の葛藤もわかる。 

迷うことに意味があるんでしょ?

ちょっとネタバレ含みます。

俺はこの本の存在意義はこの一点にこそあると主張したい。

【迷うこと・考え続けること】

主人公渡辺は真面目な男だった。

仕事も真面目で恋愛にも真面目。

それなのに恋人に浮気される。 

あれ?

 真面目なことは良いことじゃなかったのか?

それから主人公渡辺はメンター永沢さんに出会い、ナンパを通して女に不自由のない生活を築き上げていく。

女にモテるのは、
女を大切にする男じゃなかったのか?

いろんなきれいな女の子と遊びまくる生活。 

しかしあるとき全てを失う。

なぜナンパでモテる男になったはずなのに何も残らなかったのか?

これに関しては俺がずっと考えてきたことでもある。

テクニックに頼った恋愛ではどっかで行き詰まりがくるんだな。

だって本質的に人が変わるわけじゃないから。

だから俺は主人公渡辺は幸せになれると思う。

迷いまくるのとか考えまくるのは、
何かをやった奴だけに与えられる特権だ。

非モテのまま生きていくことを受け入れていたら、何がわからないかをわからないまま死んでいくことになっていただろう。そういう人たちはたくさんいる。

そこに愛がなかったと知るだけでもナンパをやる意味は十分あると思う。

ナンパを極めた先に楽園があるわけじゃない

この本でもそうだし現実のナンパでもそうだが、いくらナンパのスキルがうまくなっても、電話帳に何百人の女の子の連作先が登録されていようとも、立ち止まってみると、実はナンパをはじめたときと同じように自分は1人だと気付くことがある。

そのとき「結局何も変わってねぇじゃねえか?」と思うかもしれない。

俺は思った。

だけどひとつ言えるのは、それをやったことによって見えるようになったことが必ずあるはずだということ。

ナンパを極めた先に待っているのは、ナンパをやめても献身的に尽くしてくれる美女に囲まれるようなハーレムではない。

ナンパの理想的なゴールとは

愛とは何だ?

SEXとは何だ?

いい女とは何だ?

モテない頃にはなかった視野を持って迷いまくった末にナンパをやめることにある。

ナンパはやっぱり、
どこまでいっても非日常だ。

 だから俺たちにできることといえば、少し特別な体験をして少し強くなって、再び日常に戻ることくらいなのである。