我々は生という言葉にどんな思いを持つのが正しいのか?

我々はなぜか生という言葉にピクっと反応してしまう。

シャンプーを買いにドラッグストアに行った時、思わず俺は静寂な店内で1人ツッコミを入れてしまいそうだった。

俺の目に入ったのは生シャンプーと書かれた商品だった。

 

とうとう生の信仰はここまできたか。

 

古くはたぶん刺身から始まった生はひとブームを巻き起こした生キャラメルから、定番の生ビール、ちょっとしたハプニングも楽しみの一つである生放送に至るまで、生という言葉は我々を引き付け続けてきた。

生という言葉には誰が言い出したのか、加工品よりも上位の位置づけであるといった意味が込められている。

 

AVもそうだ。「生中出し」を全面的に押し出した企画、子どもの頃は生乳触ったという友だちの言葉に異常なまでの反応を示していた。コンドームをつけたSEXが下位概念でブラジャーや服の上から触る胸もそれと同じだった。

 

俺は混乱した。生という響きに隠された大人の企みに。

 

たぶんどんなメニューでも生と書いておけばその価値はきっと高まる。生で食べると腹痛を引き起こす食べ物に関しては生という言葉は例外的にアウトを意味するが。

 

しかしそのほかのものでは生という状態は我々の正常な思考を奪ってしまうほどの力を持っている。

 

俺が今前にしているパソコンも、いずれは生パソコンとして売り出されるのだろうか。何の加工もされていない次世代型のパソコン、生パソコン。待てよ、それってただの部品じゃねえか。

 

生という言葉は加工品に対する言葉として扱われている。生放送なら撮影したのもをリアルタイムで放送することを指し、それ以外は撮影後に映像を編集してから放送される。生中出しは性器に一糸まとわせず行為を行うことを指す。

 

生だから手抜きとも言えるし、生だからこそ手がかかっているともいえる。

 

魚を生で食べる時には新鮮じゃなけりゃならないし、すぐに傷んでダメになってしまうから日持ちもしない。おいしさを決めるのは素材のよさそのものだ。加工品は調味料で多少素材の悪さをごまかせるし日持ちもする。

 

こう考えると、生は加工の手間がない分誤魔化しが効かなくなるという特徴がある。それに対して加工品は加工の手間こそかかるものの、誤魔化しが効くという特徴を持っている。

するとやはり我々消費者にとっては生に軍配が上がるか。しかし生には加工品以上のリスクが付き纏うことを忘れてはならない。

生放送の放送事故、生肉生魚の食虫毒、生挿入の病気や妊娠、中絶、つまりは正しい知識と覚悟がないなら取り扱い注意ということである。

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