対面のコミュニケーションはやっぱり最強。コミュニーケーション能力向上のためにナンパに全力を注ぐのは間違っていないと思う。

コミュニケーション

暴漢に襲われた第29第内閣総理大臣の犬養毅は、「話せばわかる」と言ったという。俺はこの言葉は真実だと思っている。俺はこの世の中の問題の多くは、たぶんうまくコミュニケーションが取れていないことにあると思っている。

嫌いな人はいますか?

俺は人って、よほど話のわからないおかしな奴以外は、面と向かってコミュニケーションを交わすことで分かり合えると信じている。

あなたにはたぶん会社だったり学校だったりで1人や2人くらいはきっと嫌いな人がいると思う。

 

ちなみに俺には嫌いな人はいない。まぁどうしても1人あげろと言われたら1人くらい思いう浮かぶかもしれないけれど、基本的には俺には嫌いな人はいない。

こういう話をすると人に驚かれる。なぜってたいていの人には嫌いな人がいるからだ。それは上司だったり気の合わない同僚だったりする。

だから「嫌いな人がいない」という話をすると「ウソだ」と言われる。

 

たしかに俺にだってちょっと苦手だなと思う人はいる。いろいろな場面でそういう人と出会うこともある。でもそんな時には、過去に経験したある出来事を思い出す。

 

嫌われていると思っていた

この場に詳細を書くことはできないけど、ある時期所属していた場所で、俺には「たぶんあの人俺のこと嫌いだな」と感じていた人がいた。

その人とはほとんどしゃべったことがなかったけど、俺はその人に嫌われていると思っていた。

だから自分からその人に話しかけるということもなく、極力その人と会話しなくても済むようにしていた。

 

と言っても、初対面から「俺は嫌われているんじゃないか?」と思っていたわけではない。たとえば挨拶をしても挨拶を返されないことがあった。たとえば他の人と自分に対する対応が違う場面を目の当たりにした。

 

そういうのもあって、俺はその人に嫌われているのだと思うようになった。

 

 

だけどある日、本当にたまたま、その人と2人で話す機会があった。

 

そしてその時、俺がずっと持っていた思いは誤解なのだと気付いた。

 

 

その人と2人で話したら、その人はずっと俺の行動を見ていてくれたことを知った。

 

その時俺は、もしかしたら俺がその人から歩み寄ってくれるのを待っていたように、その人もまた俺が歩み寄るのを待っていたのかもしれないと思った。

 

俺はずっとその人に嫌われていると思っていたけど、それは自分の思い込みんなのだ知った。

 

 

この出来事を境に俺は、人間観関係の悩みの大部分は、誤解から生じているのではないか?と思うようになった。

 

ほんのちょっとした勘違いから起きる悩み

俺が思うに、たぶん人間関係の悩みの多くは、ほんのちょっとした誤解から引き起こされている。

たとえば街中で知り合いと出会った時に、あなたが「やぁ」と手を挙げたのにもかかわらず無視された時、それはたぶん、相手の視力があまり良くなかったとか、たまたま視界に入らなかっとか、説明されたら「あぁそれなら仕方ないね」と思えるような理由からだ。

あなたの挨拶に返答がなかったとしても、それはたぶん、相手の耳に声が届いていなかったとか相手が何か考え事をしていたとかそんなのが原因だ。

 

真実を知ってみれば「なるほど」と言えるようなことでも、俺たちは勝手に解釈をして、それで自分は嫌われているとかあいつとは合わないとか結論付けたりする。そしてますます距離を置いてしまったりする。

 

だけどこの記事を読んだあなたはこれから、本当はそれは全部ちょっとした誤解から生じているだけなのかもしれないと疑ってみてほしい。

 

あなたは嫌われてなんかいないんだよ。

 

ほんのちょっとしたすれ違いで、ただ対面のコミュニケーションを交わしていないというそれだけのことで、「自分は嫌われているんじゃないか?」と思ってしまっているだけかもしれないんだ。

 

だからもしもあなたに、嫌いだったり、ちょっと苦手だなと思っている人がいるなら、少しだけ勇気を持ってその人と話してみてほしい。

 

 

あなたが嫌煙している相手って、たぶん相手にも、あなたに嫌煙されているって思われているかもしれないんだよ。そしてそれは全部誤解かもしれない。

 

人と人とは話せばわかる。

 

俺はそう信じている。だから俺には嫌いな人がいない。

 

人間関係の悩みの大部分は、ただの誤解から生じている可能性がある。だからその誤解を取り除くことができれば、人間関係の悩みは解決できるかもしれないのだ。