失敗する人は失敗しない人に笑われるが失敗しない人は失敗する人に笑われている

マインドセット

街中のナンパで声を掛けて失敗したらまわりの目が気になる。近くにいる人に見られることはよくあることだが、ナンパをやっている人の中には実際に失敗して笑われたことのある人もいるかもしれない。

まわりの目が気になる。

失敗して笑われるのが恐い。

皆が自分をバカにしているように感じる。

普通の感覚を持っていればこう思うのは仕方ないかもしれない。ナンパをしようとスイッチをナンパモードに切り替えた途端、めちゃくちゃ自意識過剰になってふだんなら気にならないまわりの人の目が異常に気になる。これはナンパをやろうとする人みんなが通る道である。ナンパができない原因としては、女の子の拒否反応への恐怖とこのまわりに目に対する恐怖がある。俺だってみんなが信号待ちしている時に女の子に声を掛けて完全に無視された時には、すぐにその場から消え去りたい気持ちになることがある。人混みの中で声を掛けた瞬間走って逃げられて、死ぬほど居た堪れない気持ちになったこともある。

 

だけどそれでもたったひとつの質問を自分にしてみれば、すぐにやる気を取り戻すことが出来る。

 

その質問というのは

笑われることはないが女の子と遊べない人生と笑われるかもしれないが女の子と遊びまくれる人生のどちらがいいか?というもの。この視点を持っていれば、やるべきことは街中の通行人の目に怯えることではなくタイプの女の子に声を掛けるべきだとすぐにわかった。笑われないように他者をコントロールすることはできない。だけど笑わても気にしないように自分をコントロールすることはできる。

 

べつにナンパに限らず人が失敗しているのも見て安心している奴は、誰かに笑われることもないかもしれないが、その代わりに何も手に入れられないんだよね。何かを自分の力で成し遂げている人は挑戦に失敗は付き物だと知っているから、失敗している人を笑うことはない。だけど何もしようとしない人を軽蔑することはある。人のことを笑っている人というのは、実はその人が笑っている人に笑われている。人生を無難に生きるかいろんなことに挑戦して思いっ切り生きるかは人それぞれでどちらがいいという話でもないけどね。

街中のナンパを自己啓発的な思想に持っていくのはどうかと思うが、めっちゃ単純にきれいごと抜きで言えば、誰かに笑われたとしてもヤレる人生のほうがいいということ。マジでこれに尽きる。泥臭くても無様でも手に入れられる人生のほうがいい。あなたはどうだろうか?