出会えるからきっと、きっと出会えるから

深夜のストリート、あるいはクラブで戦うすべての男たちに捧ぐ

 

女の子がバックを持っている側から声を掛けるのがよいのか、あるいは持っていない側から声を掛けるのがよいのか?といった小手先のテクニックは、実を言うと現実の世界ではあまり役に立たない。

緊張する場面ではそんなものは冷静に使えないからである。

信念のお話

たしかに小手先のテクニックが役に立つ場面はある。

 

がしかし、

頭の中のシミュレーションではテクニックを使ってバンバン成果を出せても、リアルな実践の場ではいちいち覚えたテクニックを披露していく余裕はないし、生身の人間はそれを大人しく待っていてくれるような機械でもない。

 

だからナンパの初期段階では本当はそんなものは必要なくて、自分が言いやすいセリフを用意してひたすら声を掛けていったほうがいい。

 

話すことがなくなって沈黙になっても恥ずかしい思いをしても声を掛ける続ける。

 

結局のところこういう泥臭い地道な活動こそが成果に繋がる。

 

俺はどちらかと言うと、小手先のテクニック(枝)を取り上げるよりも、抽象的な信念(木の幹)を取り上げるのが好きだ。

 

それにはちゃんと理由があって、信念がしっかりしていないと人は頑張ることができないと考えているからだ。

 

信念がない人は、声を掛けた時の無視やちょっとした悪口にすぐに心が折れてしまう。

 

「うまくいかない」と思った時にあなたを助けてくれるのは結局のところ信念なのだ。

 

 

つまり【ナンパを通して何を成し遂げたいか】

 

それは、
ただ単に女の子と遊びたいということかもしれないし、「自分を変えたいと思った」「このままじゃダメな気がする」というような、人生観に関することかもしれない。

 

 

 

あなたには強い信念がありますか?

 

 

「自分は美人に相手にされない」ということが受け入れられなかった

俺がナンパを頑張ろうと思った動機は、「自分では美人と関われない」という事実を受け入れるのが嫌だかいう理由だった。

 

街を歩いていると美人はそこら中にいる。

 

 

俺が今いるのは東京で、
カフェの窓から外を眺めながらこの文章を書いているのだけど、もう次から次へと美人が通る。本当もう次から次へと美女が通る。

 

 

だけど思い返せば、
俺は不思議だった。

不思議だったこと

美人はこんなにも世の中にいるのに、美人な人に恋愛遍歴を聞いてみると「付き合った人数は10人」とか言っているのに、

 

そうそう、
A〇女優のインタビューとかで経験人数は「何十人です」とか言ってるの聞いたことはないだろうか?

 

 

それなのに、

 

一度だって自分はそこに入っていない。

 

 

俺はそれが悔しかった。

 

でもどこかで諦めを抱いてもいた。

 

 

 

俺なんて…

俺なんて…

そんなふうに始めから諦めを抱いていた。

 

絶望の果てにあった光

そしてその絶望の果てに俺はナンパを始めた。

 

 

端から見たら俺は、街中にいるチャラチャラしたナンパ男やスカウト、キャッチと何も変わりなかった。

 

女の子にとっては俺と彼らとで何ら変わりないだろう。

 

 

でも俺の中では違った。
俺の中では全然違った。

 

 

 

俺にとってナンパとは、

【自分の人生は自分で切り開けるのか?】というテーマだった。

 

 

もしも俺が目標を達成できれば、
俺の人生だって捨てたものじゃないと思える。

 

だけど目標を達成できなければ、
「私の力ではどうにもなりませんでした」というのを認めることになる。

 

 

それが俺にとっての本質だった。

 

 

これはナンパに限ったことではないと思うけど、
【大局観】のない人は何をしても挫折する。

 

大局観というのは目先の事象にだけ目を向けるのではなく全体的な見通しを立て判断することである。

 

だから、
「ナンパって手軽に女の子と遊べるんだろ?」という人はすぐにナンパをやめる。

 

 

目先の事象だけに目を奪われてしまっては、
ナンパはあまりにも酷な活動になってしまうだ。

 

 

何時間も歩き回って1人にも声を掛けることができなかったり、勇気を出して声を掛けてみても何の反応も返って来なかったり、時にはキモいと言われたり。

 

 

やっと連絡先を交換できたと思ったのに別れた瞬間ブロックされたり、連れ出しができて必死で会話していたら、「何か挙動不審だね」と言われたり、終電のなくなった街で何度絶望に暮れただろうか?

 

 

その度に俺は、
自分で自分を苦しめているだけなんじゃないかと思った。

それでも俺が何度も何度も何度折れてもまた立ち上がれたのは、

 

いつでも

木ではなく森(本質)を見ていたからだった。

俺はあなたに、
決して本質を見失ってほしくないと思っている。

 

 

誰にも声を掛けれずに自己嫌悪に陥っても無視されたり罵声を浴びて落ち込んでも、うまくしゃべれなくてつまらなそうに帰られても、

 

 

どうか

どうかあなたの歩く道を見失わないでいてほしい。

 

 

道中に落ちているちょっとした成功や失敗は、あなたが歩くのをやめない限りは線の中の一つの点でしかない。

 

 

あなたが具体的にどんな目標を持っているかはわからない。

 

 

だから勝手に決めつけて言ってしまおうと思う。

 

 

負けそうになった時にはいつでもこの言葉を思い出してほしい。

 

 

「きっと出会える」

 

 

この言葉を思い出してほしい。

 

 

男って誰でも、自分の頭の中にぼんやりと理想の女の子像を持っていないだろうか?

 

 

ドンピシャの顔ってやつ。

スタイルも、おまけに性格も良かったら最高。

 

 

俺はそのぼんやりとした誰かにナンパで出会うことは可能だと思っている。

あの日の出来事

俺が名古屋に旅行に行った時のことだった。

 

もちろんナンパするために行ったのだけど、旅行日程の最終日になってもストリートでもクラブでも成果は0だった。

 

連れ出しすら0だった。

 

 

よくわからない場所で声を掛け無視され続け、クラブでは男女のグループに声を掛けたら「何こいつ?」みたいな目をされ、楽しいはずの俺の旅行は最悪なものになっていた。

 

最終日にも結果を出せなかった俺は、どうしてもそのまま帰ることができなくて滞在日数を1日延ばすことにした。

 

 

急遽ホテルの予約を取って俺はあと1日だけナンパすることにした。

 

 

 

 

しかし、

だからと言ってうまくいくわけではなかった。

 

 

時刻は深夜0時を過ぎていた。

 

 

ふつうに東京でやっていたら「また明日もある」と帰っているだろう。

 

 

だけど、せっかく滞在日数を延ばして明日には帰らなければならないと考えたら俺はどうしてもホテルに戻ることができなかった。

 

 

終電がなくなっていたため人の流れはすでになくなっていた。

 

かわいい子を選ぶというレベルの話ではなく、たまに歩いている女の子に声を掛けるのがやっとだった。

 

奇跡が起きた

彼女が俺の前に現れたのはそんな時だった。

 

マジでめちゃくちゃタイプの子が歩いてきたんだ。

しかも俺の好きな黒髪、ワンピースという出で立ちで。

 

信じられるだろうか?

 

自分の頭の中にあるドンピシャの女の子が、このタイミングで目の前から歩いてきたんだ。

 

 

しかも、声を掛けて連れ出しできて、おまけにその夜は彼女の家に泊まることが出来たのだ。

 

 

 

急遽予約を取ったホテルはちょっと高い荷物置き場になった。

 

 

東京に帰った後も、彼女にこっちに来てもらって遊んだりした。

 

 

 

信じられるだろうか?

 

 

この出来事の成功要因なんてちっともわからない。

 

滞在日数を延ばさなければ会うことはなかったし、滞在日数を延ばしても「もう無理だ」とあきらめていたら出会うことはなかった。

 

そんなことを言い出したらキリがないし、だからと言って、「あきらめなかったから」という月並みな言葉で言い表せるとも思えない。

 

ただ出会えた。
たまたま出会えた。

 

 

 

俺がナンパができて、の瞬間にそこにいたから出会えたのだ。

 

 

この出来事以来、俺は奇跡は起こると信じるようになった。

 

 

他の誰から不可能だと言われても、自分が「できる」と思うならどんなことだってやるべきだ。

今あなたの頭の中にあるぼんやりした理想の女性像を、「こんな子に出会えるはずがない」とは思わずにどうか大切にしてほしい。

 

 

その女性、出会えるから。
きっと出会えるから。

 

 

これはナンパという手段で、街中で戦うあなたに贈る最上級のメッセージです。

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