俺は生涯プレイヤーです。ナンパをしていたってしていなくたって。

昨日の記事では、ナンパを続けると人生が終わるというナンパをしている人にとってはセンセーショナルな内容を書いた。

でもたぶん多かれ少なかれ皆気付いていることなのだろうと思う。むしろ気付いていなかったのは俺だけだったんじゃないかなとか思ったり。まぁいっか。

 

人は人生の中で、誰かに示された道の上を歩いたり、自ら見つけた道の上を歩いたりする。

誰かに蹴落とされて外れたり、その道の先には何もないと悟って自ら飛び降りたりもする。

 

ナンパも、その中の1つの道に過ぎない。

小学校や中学校のように義務化されている道もあるけれど、ナンパはそうじゃない。

 

「この道いいかんじだよ」と誰かに勧められたのかもしれないけれど、そこには義務なんてものは一切なかったはずだ。

 

この道を歩き始めたのは、俺やあなたの選択で、そして道の先で見つけたもの・見つけるものも、人それぞれ違う・違ったはずだ。

 

 

ヘレンケラーは、「1つの扉が閉まる時、別の扉が開く」と言った。

 

 

その通りだと思う。

 

 

俺たち人間は、いくつもの道を歩くことはできない。

 

 

毎日ナンパをするために街中を歩き続けながら、会社で出世する道を歩くことはできない。

もしもあらゆる道を歩こうとすれば、全てが中途半端に終わるだけだ。

 

 

俺はある時気付いた。

人生で大事なことは、何を捨てるかだ。

そして、一点に集中すること。

 

この世の中はあまりにも誘惑が多すぎるから、俺たちは自分たちのキャパ以上の道を歩こうと思ってしまったりする。

 

でも1つの道を極めるためには思いのほか時間がかかる。1万時間の法則というのもあるくらいだから。

 

 

そう考えた時に、人生をよりよく生きるためには必ずどこかのタイミングでナンパを捨てる必要があると俺は考えている。

 

 

「ナンパこそが人生の目的」という人はそれでいいのだろうけど、ほとんどの人にとってはそんなこともないだろうし。

 

だからこのブログでは、ナンパを始めることの意味と、そしてナンパをやめることの必要性も発信している。ナンパを始めたばかりだったり、楽しくてしかなかったりすると、今はわからないかもしれないけれど、いつか薄っすらと頭の中に違和感がよぎったら、それはきっと別の道を歩く時が来たという合図だ。

 

 

 

でもそう言いつつ俺は、生涯ナンパができる人間でありたいと思っている。

 

だけどそれは必ずしもナンパをすることを意味しない。

 

ナンパはもう二度とやらないかもしれないし、やりたい時にやるかもしれない。電車や街中でとんでもない美女を見つけたら声を掛けるかもしれないし、掛けないかもしれない。

 

正直言ってそんなことはどうでもいいのだ。

 

俺が持ち続けていきたいスタンスは、ナンパをやっている人なら誰もが持っている「モテたい」という強い思いだ。

 

たとえば俺が会社の社長になって欲しいものが何でも手に入るようになっても、結婚して妻に通帳を取り上げられても、俺はこの「ハングリー」なスタンスを捨てたくないと思っている。人間満たされたら一気に歳をとる。

 

 

具体的には、

・美容

・勇気

・度胸

 

なんかだ。

 

俺はずっと「ハングリーなプレイヤー」でありたいと思っている。

コメント