人生は良い時と悪い時のバランスの上に成り立っている

良い時があれば悪い時がある。

人生に絶対的な何かがあるとしたら、まさにこれだと思う。

 

一方に人生が振れれば、もう一方にも振れる。

成功した途端家族の誰かが病気になったり、家を建て替えたりした途端身内の誰かに不幸があったりというのは、実際にあることである。

 

成功した人たちの中には、こういう力があることを知ったうえで、寄付をするなどしてが逆向きの力を解消しようとする人たちもいる。

 

でもたとえば、あまり多くを望まずに質素に生きるのであれば、もしかしたら、もう一方に振れる力はそれほど強く働かないのかもしれない。

成功本の中にはよく、「逆境は成功の布石」という言葉が出てくるけれど、大きな成果を望めば望むほど、経験するピンチも大きくなるのかもしれないと俺は思っている。

 

俺はずいぶんと長い間、人生のバランスを取るためにナンパを利用してきた。

ナンパにおいては無視されたり罵声を浴びることは失敗だと思われていて、たしかにナンパの結果の面だけを見ればそれは正しいけれど、人生のバランスという観点から見ると、無視されたり罵声を浴びることは失敗でも何でもないということがわかる。

たとえば俺は人生において、良い時期を引き寄せるまでにはそれ相応の失敗を経なければならないと考えている。

 

ナンパを例に出すなら、ナンパでは声を掛けたら必ず成功ということは有り得ない。

たいていの場合、何度か無視されたり無視されなくても誘いを断られたりして、その結果やっと1つの成果をつかむことができる。

そう、ナンパでは1つの成果を得るために必ず失敗を経なければならないのだ。

 

 

これは人生でも同じだと思う。

たとえば、人生の何もかもがうまくいくということはそう多くはないと思う。

何か1つがうまくいって他の何もかもが勢いに乗ることもたまにはあるけれど、たいていの場合は、何かがうまくいっていると、他のどこかで支障が出ていたりする。

わかりやすいのが、仕事ではうまくいっているけどプライベートではうまくいっていないというケース。

 

 

人生の何もかもがうまくいっている時だって、あまり調子に乗りすぎると大きい落とし穴が待っていたりする。

とにかく人生には言葉ではうまく言い表せない何かがあって、良くも悪くも俺たちはその中で生きなければならない。

 

そういう人生の中で、

人生のバランスにナンパを利用するというのは、具体的に言えば、ナンパで悔しい思いをしまくるということである。

 

 

朝まで歩き回って成果0とかもう最高としか言いようがないw

 

もちろん以前からこういう考えだったわけではなくて、以前は仕事で嫌なことがあったり私生活でトラブルが起きた時に、「これは絶対にナンパで良い思いができるな」と思っていた。

つまり今とは逆だった。

 

でも今は、できるだけ多くナンパで悪い時を吐き出したいと思っている。だからどうか、街中の女子よ、俺にガンシカをくださいw

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