ナンパや人生で失敗する人たちはゲームの本質を理解していない

「努力は必ず報われる」とか「全力を尽くせば神様が見ていてくれる」とか言う人はいるけれど、どれだけ頑張ってもうまくいかないことはある。

 

朝までナンパをして、それでいて全く結果が出なかった時に俺はよくこんなことを思う。

 

なぜ頑張ってもナンパが成功しないのか?

なぜこれだけたくさんの女の子に声を掛けてもナンパがうまくいかないのか?

ナンパ師の中には100人に声を掛けても結果を出せない人たちもいる。

 

100人だぞ?

頭おかしいだろ。

 

 

俺たちはよく、自分自身を鼓舞するためにこんなことを言う。

「頑張っていればきっと、きっと」

 

ナンパで結果が出ずに負けそうな時にも、俺は自分自身に言う。でもある時思った。

 

きっとって何だ?

きっと何なんだよ?

 

 

きっと「SEXしても良いよ」と言ってくれる美女が目の前に現れるのか?

 

「でもそれっておかしくない?」と俺は思った。

 

他者が介入するとゲームのルールが変わる

なぜ100人もの人に声を掛けてもナンパで結果が出せない人がいるのか?

 

それはたぶんナンパの結果が根性論以上の何かの要素に左右されているからだ。

つまりそれは他者の存在だ。

 

たとえばオリンピックに出るために一生懸命毎日練習している人がいたとする。

彼(彼女)は「努力は報われる」と心の底から信じて毎日を必死に生きた。

 

 

そしてやってきたオリンピック代表決定戦の日。

 

 

彼(彼女)は代表には選ばれなかった。

 

 

代表に選ばれたのは、彼(彼女)に試合で勝った、あるいは彼(彼女)よりも優れた記録を出した選手だった。

 

 

たしかに彼や彼女は頑張ったかもしれない、たしかに必死にだったかもしれない。

 

でももしも、他者の存在がゲームに影響を及ぼしている場合、自分の全てを出したからといって必ず勝てるわけではない。

 

他者の介入のあるゲームで勝つための唯一の方法は、一番良い記録を出すことだ。一番努力することでも頑張ることでもない。

 

 

ナンパも同じだ。

 

もしも100人に声を掛けることがナンパというゲームの勝利を意味するのであれば、自分が必死に頑張りさえすれば勝利することは可能だ。どんなに心が折れそうになっても声を掛け続ければ良いだけなのだから。

 

 

だけどもしも他者の存在を挟むとどうなるか?

 

途端にゲームのルールが変わる。

 

ゲームのルールは頑張って100人に声を掛けることではなく、他者に認められることに変わる。つまりゲームに勝つためには、頑張って声を掛けるのではなく声を掛けた女の子に認められる必要がある。

極端な話、たった1人にだけ声を掛けて、それで認められればゲームに勝利することができる。

 

 

だけど逆に、どれだけナンパをしている人が必死になって声を掛け続けても、他者に認められる魅力がなければ一生ナンパというゲームには勝てない可能性がある。

 

これはナンパがうまくいっていない人たちにとってはめちゃくちゃ重要な話だ。

 

人生の競争というゲームに飲み込まれている人たちも、この渦の中にのまれてしまっている。競争というゲームの勝利条件も、頑張った人ではなく一番結果を出した人が勝つようになっているのだ。努力ではどうにもならないこともある。

 

この渦に飲み込まれるのはもはや悲劇だ。

 

 

ではどうすればこの渦に飲み込まれずに生きてけるのか?

 

つまり世の中の法則の1つはこれだ。

ゲームのルールが他者の介入によって変わってしまっている場合には、そのゲームのルールの本質を見極め戦略を変える必要がある。

 

ナンパの場合には、100人に声を掛けることを目指すのではなく、目の前の1人に価値を感じてもらえる方法を考える必要がある。

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