ナンパは麻薬 ナンパはギャンブル ナンパをやめられない理由

ナンパという活動は、ハマる人とそうでない人とがわかれる活動だ。今回はその理由を脳科学的な視点から考えていこうと思う。

ナンパをすぐにやめる人ずっと続ける人

ナンパという活動は、めちゃくちゃ挫折者の多い活動だと言われている。

街中の女の子に声を掛ければよいだけだからそれだけならお金はいらないし、ルックスや肩書に制限があるわけではない。財布に1円も入っていなくても、たとえ無職であってもナンパはできる。

だから毎年暖かくなってくると、ナンパの新規参入者は増える。

 

だけどその多くが、ほとんど成果らしい成果を出せずにやめていく。その理由は簡単で、ナンパは彼らが当初思っていたほどうまくいくような活動じゃないからだ。

まず街中で見知らぬ人に声を掛けるということ自体のハードルがめちゃくちゃ大きいし、どれほど勇気を持って声を掛けたとしても、そんなことは相手にとっては何の関係もなくて、たいていの場合無視されるか、運が悪ければ罵声を浴びる。

そういうのもあって、ナンパの新規参入者の多くはすぐにナンパをやめる。俺は何度もそういう場面を目の当たりにしてきた。

 

ただ不思議なことに、始めた当初からナンパで思うような成果をバンバン出せればナンパにハマるというわけでもないらしい。俺にとっては贅沢な悩みだが、ナンパで簡単に成果を出せてしまう人たちも、ナンパをすぐにやめてしまうことがある。

 

俺はこれについてずっと考えていた。

 

つまり、ナンパをすぐにやめる人たちとやめない人たちの違いについてだ。

 

ナンパはギャンブル?

「脳はなにかと言い訳する」という本の中にこんな実験がある。

 

その1.猿にエサを与える時に、光で合図を出すようにして条件付けする。パブロフの条件付けと同じ原理

実験結果その1.合図の意味を理解した猿は、合図が出てからエサをもらっても神経が反応しなかった。

実験結果その2.合図を出してもエサを与えなかった場合には、神経の活動が減少した。

 

シュルツ博士が記録した細胞は「ドーパミンニューロン」と呼ばれる神経細胞で、快楽を生み出す細胞である。餌に反応したということはサルが喜んだことにほかならない。しかし、合図の意味に気づくと、合図があれば餌をもらえて当然だと思う。もはや、そこに喜びはない。

290p

シュルツ博士の続報がまた面白い。合図と餌の関係に「確率」を使ってみたのである。確率が100%だったらいつでも餌が出る。0%だったら餌は出ないという具合だ。博士はこの確率をいろいろと変えてみた。するとドーパミンニューロンの活動は確率50%で最大になった。つまり、どっちつかずの確率で報酬がもらえるときにもっとも快楽を感じた。そう、脳は”不確実さ”を楽しむようにできているのだ。

292p「脳はなにかと言い訳する」池谷裕二 新潮文庫 平成22年6月

 

俺はここに、ナンパをすぐにやめる人たちと続ける人たちの違いがあるのではないか?と考えている。

 

 

ナンパを長く続けている人たちは、たぶんフィフティフィフティの確率を楽しんでいるのだ。

 

 

何の成果も出せない人たちは確率が0%だから、期待を持てずにナンパをやめる。ナンパで苦しい思いを一切せずにバンバン結果を出せる人は、そんな人ほぼ見たことないが。不確実性の要素が排除されてしまっているからつまらなくなってやめる。

そして時々成果を出せる人たちだけが、不確実性に依存する。

失敗は成功への布石

俺たちは普段、できるだけナンパの成功率を高めたいと考え、あれこれ手を尽くしている。

ルックスのレベルを高めたり、トーク力を高めたり。

 

だけど本当は、俺たちがナンパした女の子に「ご飯食べよう」と言って「いいよ」と言われた時、あるいは、いい雰囲気になってキスることが出来た時、その時俺たちがめちゃくちゃうれしく感じるのは、そこにたどりつくまでにどれだけの失敗を経たかによるのだと思う。

俺たち人間は、成功と同じくらい失敗も愛しているんじゃないかと思う。

 

そういう意味で、ナンパを長く続けられる人というのは、すごく極端な言い方をすると、「ナンパがめちゃくちゃうまいわけではなく、かといって下手でもない。頑張ればSEXできるけど、頑張らなければSEXできない人たち」なのではないかと現段階では結論付ける。

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