ナンパの副作用 1人の相手を見ることができなくなる

ナンパをしようがしまいが男ならデート中であっても多少は街中を歩くきれいな女の子に目移りしてしまうことがあると思う。これは男である以上仕方ないことだが、

ナンパをするようになるとこの傾向は顕著になる。

どこにいてもナンパのチャンスにギラギラするようになり、女の子と歩いている時も、あの子に声掛けたいという衝動にかられることがある。

関係を築いた目の前の相手よりも見知らぬ女の子相手にナンパの腕を試したくて仕方なくなる。

これはナンパができるようになることの副作用である。

 

ナンパがうまくなるためのアドバイスとして1人の女の子に執着するなというものがある。失敗したら次に行けばいい。1人の女の子に執着すると余裕がなくなって失敗する。

こういうアドバイスを真に受けていると、いずれ目の前の一人一人に真剣に接することが出来なくなる。

自分がそんな考えだから相手の女の子にも信用されないし自分だって女の子を信用できなくなる。

 

この1人に執着するなというアドバイスの効果はおそらく真実なんだろうけど、これだってモテるようになることの副作用である。

大切なたった1人と生きていきたいという心の奥底にある理想と不特定多数を相手にしなければならないという現実との葛藤に苦しむ。

 

俺はRPGのように、最初からボスは倒せないからたくさん敵を倒して進んでいくべきだというアドバイスを咀嚼し実行することに抵抗があった。

ナンパがうまくなりたいと思う自分とナンパに染まることの恐怖を感じる自分がいた。

ナンパは禁断の果実だった。

 

そして手に入れたのは不特定多数の女の子と関係を持つスキルであり不特定多数と関わっても満たされることはないという呪いでもあった。

我々は相反する心と身体を手に入れてしまった。こうして我々は無限ループに送り込まれることになったのである。

 

何もないところから出会いを作り出せるプロになる一方で、決して満たされることのない心に苦しむことになった。

「ザ・ゲーム」(ニール・ストラウス)では、ゲームから脱することこそがたどり着くべき場所だった。おそらく我々が目指すべきなのもこのゲームからの脱出である。

一度味わってしまった刺激や快感を永久に捨て去ることの恐怖と先のないゲームをプレイし続けることの恐怖は常に天秤にかけられている。

この旅で見つけるべきことは何なのだろうか?

もうナンパはやる意味がないと思えるような最高の相手だろうか?

もう昔の自分じゃないと胸を張って言えるような成長だろうか?

この旅の先には何があるのだろうか?

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