オナ禁で景色は変わる。童貞を拾いにいこう

オナ禁

男にとって童貞はコンプレックスのひとつである。いかにして童貞を捨てるか?何歳の時に童貞を捨てたか?相手は誰か?男はその生涯にわたって童貞という呪縛に囚われ続けるのである。

しかし童貞は捨ててしまえばあっけないものである。

その感想でよく聞くのが、思っていたのと違う。期待外れといったものである。

しかしそこには経験したものにだけ与えられる余裕が与えられることも事実であり、経験した者が未経験者に対して、そんないいもんじゃないから必死にならないほうがいいよと忠告したところでそれが有難く受け入れられることはない。

我々男は性に関心を持った頃から童貞を捨てることに命を懸けてきた。

俺はそのためにおしゃれに気を使いまくり、勉強や運動に力を入れ、クラスの女の子に好かれるためにあらゆる努力をした。あの頃のエネルギーはとてつもない熱を帯びていた。

 

それが今ではどうだ?そりゃSEXを求めることには変わりないが、童貞の頃のキラキラした純粋なオスというよりは、性欲が溜まった時にちょうど相手がいたらSEXするといった惰性に生きるおっさんのようなギラギラと脂ぎったオスのようではないか?

彼女をつくるのはめんどくさいから風俗に行けばいいだろ、1万2万払えば済む話だし。金がないならオナニーでいい。

そんなんでいいのだろうか?

我々がかつて捨てようと必死だった童貞、その鍵となる女の子とのSEXはもっと意味のあるものではなかったか?

なぜ大人になるとSEXはこんなにも安っぽいものに成り下がってしまうのだろうか?

 

これを解く鍵は期待にある。

 

まだ童貞だった頃、はじめてのSEXで感じたこんなもんかという感想。

これは我々のSEXへの大きすぎる期待感から引き起こされたものである。

そうだ、童貞だった頃の我々はSEXに過剰に期待していたのである。

我々人間はまだ経験したことのないものに対して、過剰に期待したり不安になったりする。

性への期待はその中でも特別に大きくて、なにせ男の脳の中でもめちゃくちゃ影響力のあるネタだから、それで気付いたらとんでもない化け物に成長してしまうのである。

胸にしたってただの脂肪に過ぎないものなのに、我々のイメージに肥大化によって、まるで宝石レベルの貴重品として扱われるようになった。

しかしこの化け物のように巨大化した期待が我々の人生に貢献してくれたことは疑いようがない。

そしてこの期待は童貞を捨てた後にはオナ禁によって代用できる。

オナ禁を長くすると体が刺激に対して敏感になるという効果もあるし、1カ月ほどオナ禁すると、なんとSEXという行為への期待感はかつての化け物のように巨大化していくのである。

それでこの期待感は人生を飛躍させるのに大いに役立つ。自分でも驚くほどにいろんなことをよくしていこうという気持ちになるのだ。これを利用しない手はないだろう。

人生に期待しなくなった大人たちよ、童貞を拾いに行こうではないか。