この世はメンタルのゲーム

この世の中を形作っているのは個人個人の心のなのだと俺は考えている。だから全く同じ世界が目の前にあっても、ある人にとってそれは天国で、ある人にとってそれは地獄になるということがあり得る。

この世は心でできている

太っているとこの日本では生きづらい場合が多い。

「デブ」と言われていじめられることもあれば、太っているというだけで「自己管理ができない人」という烙印を押されることもある。

そして太っている人は異性にも好感を持ってもらいにくい。

だから太っている人は生きづらいのだと客観的には思う。

 

 

だけど世の中の太っている人全てが人生を楽しめていないわけではない。

 

めっちゃ明るい奴もいればめっちゃ威張っている奴もいる。当たり前だけどいろんな奴らがいる。

明るい奴や威張っている奴が幸福を感じているかはわからないけど、だけど少なくとも客観的には楽しそうに生きているように思う。

 

 

ナンパでもそうだ。

 

たとえばルックスが昨日と同じでも、声を掛ける時のセリフがいつもと全く同じでも、ナンパが全くうまくいかない日がある。

 

わかりやすい話で言うと、嫌なことがあった日というのはマジでナンパがうまくいかなかったりする。

 

自分ではうまくいっている時と同じようにやっているはずだ。それなのになぜかうまくいかない。うまくいかない理由はわからないけどなぜかうまくいかない。

きっと何かが変わっているのだろう。

 

 

そしてその逆に、何か良いことがあったりする日だとマジで無視が少なかったりする。これはもう感覚的な理由としか言いようがないのだけど、確実にナンパの成功に心の状態は影響している。

 

心を変えれば世界は変わる

ということはである。

人生というこの得体の知れないゲームで何らかの安定感を確保するためには、身体ではなく心(脳)を変えれば良いという仮定を導き出すことができる。

 

今目の前に見えている世界はあくまでも正体不明の物体に過ぎない。

その物体に「パソコン」とか「コーヒーカップ」とかいった名前を与えるのは俺たちの脳だ。俺たちの脳がその情報を持っていて、それを認識するだけなのだ。

 

そして人生というゲームも、「つまらない」「素晴らしい」という認識をしているのは俺たちの心だ。

 

 

だから良いことがあった日は「人生は素晴らしい」となったりするし、嫌なことがあった日には「クソみたいな人生」と思ってしまったりする。

 

これはつまり、何らかの方法を見つけることによって俺たちは認識をコントロールできる可能性があるということを示唆している。

これはめっちゃ希望の持てる話だと思わないだろうか?

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