あまりにもエロが溢れすぎている※ネタ記事

オナ禁

オナ禁とエロ禁は密接な関係にある。オナ禁の失敗はエロ禁の失敗を意味し、エロ禁の失敗はオナ禁の難易度を格段に引き上げる。言っていることの意味はよくわからない。

以前までの俺はオナ禁とエロ禁は全くの別物だと考えていて、射精さえしなければどれだけエロに触れようが問題ないと考えていた。

ところがある日衝撃的な事実に気付く。

自慰行為に使う時間が無駄だからとオナ禁を始めたが、射精しないことで枯れることのなくなった性欲によって、時間のある限りAVを鑑賞してしまうというまさに本末転倒な喜劇を演じてしまったのである。

エロ禁をしないことにより、オナ禁の難易度が上がり、それがまた自己鍛錬においてちょうどいい刺激になると考えていたが、実のところそれは建前で、俺はエロ禁が全くできなかったのである。

エロ禁をしないとオナ禁の効果は薄れるらしい。それどころかマイナスにもなり得る。

言い訳をさせてもらうと、世の中にはあまりにもエロが溢れすぎている。性欲によって洗脳状態にある男にとっては取るに足らないことかもしれないが、クリアな目でこの日本を眺めてみると、至る所にエロという罠が仕掛けられていることに気付くだろう。

AVに関しては見ないというのはそこまで難しいことではない。

 

しかしエロはAVだけに限らず。コンビニの雑誌の表紙、テレビのラブシーン、下着のCM、街中の女の子のスタイル際立つファッション、我々男がうつつを抜かしている隙に、エロはこの日本を侵食し尽くしてしまっていたのである。

俺はこの現状を嘆いた。まさに四面楚歌の状態とはこのこと。

エロを排除するには山奥にでも籠るしかないのかもしれない。しかし考えてみれば俺が今こうして書いているブログも、大まかなカテゴリーではエロであるw過去のナンパ記事などエロそのもの。

俺自身もまた自らの手でエロの繁栄の一端を担っていたのである。これもまた衝撃的な事実である。しかしエロに罪はないのだ。

外来種であるブルーギルや獰猛な亀が在来種を食い荒らし生態系を変化させようとも、彼らには何の罪もないはずだ。彼らは何者かによって持ち込まれたのだ。和の象徴であるような雰囲気を醸し出している錦鯉も外来種だ。鯉は経験人数だけを追い求めるナンパ師と同じで、何でも食ってしまうらしい。

しかし人は鯉に赴きを感じ、ブルーギルの牙を忌み嫌う。

我々の住む世界に放り込んだのも、意味を与えのも我々人間自身なのだ。エロにもまた罪はない。

誰かにとっては生の象徴であり、別の誰かにとっては忌み嫌うべきものである。オナ禁信奉者にとっては近づいてはならぬものである。

俺はオナ禁をするが、同時にナンパをしナンパブログを書いているという矛盾した側面を持つ存在である。

しかしだからこそ俺は、自然と人間の共生のように、オナ禁とエロの共生も夢ではないと思うのである。