「田舎の若者、上京して凄腕ナンパ師になる」【ナンパ地蔵編】

ナンパを始めれば、人生が変わるような気がしていた。これはどこにでもいる若者の、ちょっと変わった人生の話である。※ちなみにこれはフィクションである。

「風俗はどえりゃー恐いとこだー」

地方から出てきたある若者が、漫画喫茶の10時間パックをオーダーしたのにもかかわらず、一冊も漫画を読まずにパソコンのキーボードをカタカタと打ち続けていた。

 

「風俗はどえりゃい」

 

これはとある田舎の若者の、ナンパサクセスストーリーである。

 

 

若者は期待に胸を膨らませ、バスに揺られていた。定員が埋まらなかったらしいことは、ちらほらと存在する空席によってすぐにわかった。若者の隣の席も空席だった。

(ラッキー)

若者は出発早々、スマホを取り出し、お気に入りに保存してあるブログを読み漁っていた。

ちなみにブログ名は、【矢野翔の東京ナンパ物語】というタイトルである。

 

他にもたくさんのブログを保存していて、毎日更新がないかをチェックしている。若者の、日々のささやかな楽しみの一つである。

 

ナンパブログというものをはじめて見つけた時には、若者はひどく動揺した。そこに書いてあったのは、若者の知らない世界の出来事だったからだ。

 

はじめは、何を言っているのかもわからなかった。

スト高 即

スト高?

即?

 

調べてみると、どうやらスト高というのは、レベルの高い(かわいい)女の子のことを指すらしい。即というのは、出会ったその日のうちにSEXすることを言うらしい。

出会ったその日のうちにSEX?

若者は、そんなことは不可能だろうと思った。

 

若者にとってのSEXは、出会いから、もっともっとすごく先にあるものだったからだ。

 

学校や会社で出会って、一緒に過ごしているうちになんとなく気になる存在になってきて、それから連絡先を交換して、プライベートでも連絡を取り合うようになって、遊びに誘って、あわよくば承諾されて、遊びに行って、そういうやりとりを2、3回重ねて、それで勇気を振り絞って告白して、運よくOKされて、手を繋いで、キスをして、それでやっとSEXというものにたどり着けるものだと、若者は思っていた。

 

それを、たった数時間で完結させるなんて…

 

若者は、ガツンと頭をぶたれたような気分だった。

 

それからとういうもの、若者は毎日のようにナンパブログを読み漁った。

 

 

そしていつしか興味は、自分にもできるかもしれないとういう希望へと変わっていった。

 

どこのナンパブログも、誰でもナンパできると言っている。

本当だろうか?

 

「ナンパに挑戦してみようか?」と興味の芽生えた若者であったが、一つ問題があった。

若者が住んでいたのは、どえらい田舎で、ナンパブログにあるように駅前でナンパでもしようものなら、翌日には町中に知れ渡ってしまう恐れがあった。そこで若者は、ナンパをするために旅行しようと考えたのだ。

 

 

若者ははじめ、ナンパブログに毒されて頭がおかしくなったんじゃないかと思った。

 

ナンパをするために旅行なんて、何を考えているんだろう?

しかし若者は、一度芽を出したこの希望を、捨て去ることはできないと思った。

 

恋人はいない。

出会いもなかった。

毎日ただ、職場と家を往復するだけの日々だった。

 

ひそかに思いを寄せていた1つ年下の子が職場にいたが、一度もデートの誘いをすることができず、結果的には誘わなくてよかったとも思ったが、彼女には長く付き合っている恋人がいて、先月結婚した。社内恋愛だった。

 

この事実を知った時、若者は絶望した。絶望して、禁煙していたはずのタバコを吸ってしまった。禁煙期間は、3日間だった。

 

それからというもの、暇があればスマホで、「失恋 人生終わり」とか「出会いない 社会人」とか、検索していたのだが、

 

そんな折に見つけたのが、「出会いがないならナンパすればいいんじゃん?」という、チャラ男的雰囲気の漂う軽そうな言葉だった。

 

「そんなの無理じゃん?」とスマホを投げつけようとした若者だったが、それ以降、何をしている時でもその言葉が引っかかった。「出会いがないならナンパすればいいんじゃん?」

 

(でも自分にはとうてい…)

 

(だってナンパはイケてる奴がやるものだろ?)

 

若者は鏡を見て、

「自分なんか….」とつぶやいた。

 

(カッコいい奴はいいよな。だって生きているだけで女の子が寄って来るんだから。金持ちはいいよな。だってキャバクラで遊び放題だ。ただ生きているだけで、何かを手に入れられる奴らがいる。向こうの方から、ぜひ、ぜひと言いながら、幸せが寄って来る奴らがいる。自分は……そうじゃない)

 

本棚には、大量の自己啓発書が所狭しと並んでいた。

 

感謝をすれば人生が変わる。好きなことをすれば金持ちになれる。やればできる。

 

若者は、そのうちの一冊を手に取ってみた。

(こんなもので、人生が変わるか)

(バカらしい)

 

別の本を手に取ってみた。

 

こんなもので人生は変わらないけど、明るい言葉ばかりが並んでいて、少しだけ元気が出た。若者は、また別の一冊を手に取った。その本は若者のお気に入りの一冊だった。何度も何度も読み返しているものだ。ところどころページに折り目が付いている。折り目のついたページをパラパラっとめくる。

 

「やっぱりいい本だ…」

 

若者は、そうつぶやいてその本を本棚に戻した。

 

ベランダに出てタバコを吸う。

(禁煙、また失敗したな)

(まぁいいっか)

(自分の人生なんて、この禁煙のように失敗続きなのだから)

 

タバコの煙が、夜空にのぼっていく。

 

「わかってるんだ。本当は」

 

若者は小さくこぼした。

 

(成功者は読書家だと言われている。しかし、必ずしも読書家が成功するわけではない。それはなぜか?成功本と呼ばれる本は、世の中に腐るほど出ている。しかし実のところ、どの本も言ってることは同じことなのだ。無数にある成功本は、例えを変えて同じ内容のことを言っているだけだ。だから極端な話、1冊読んだだけで成功できる人がいれば、100冊読んでも成功できない人もいる。その違いはたった一つのことにある)

 

それは、

【一歩を踏み出す勇気】

つまり

【行動を起こせるかどうか】にかかっている。

 

若者は、自分で言って、ハッとなった。

 

「出会いがないならナンパすればいいんじゃん?」

出会いがないならナンパすればいい。

 

「人生を変えたいなら、行動すればいいんじゃん?」

 

その瞬間、チャラ男の軽い言葉のように思えた言葉が、ズッシりと重く身体にのしかかってきた。

 

(自分は、今まで彼らのようなチャラ男をバカにしてきた。不真面目で軽い彼らを目の敵にしてきた。でも本当は、彼らのほうがよほど、真面目に人生を生きているんじゃないか?)

 

こうして若者は、ナンパをするために、旅行に行くことに決めたのだ。

 

目的地は東京に決めた。

 

いろいろと調べた結果、東京はナンパをするのに理想的な場所だとわかった。

 

バスから降り立った若者は、東京の人の多さに圧倒された。

 

東京に来たことがないわけではなかったが、高校と大学の頃にそれぞれ1度来たことがあるのみで、地理的なものも全く頭に入っていなかった。とりあえずまずはホテルに荷物を置きに行こう。

 

ナンパをする場所は渋谷と決めていた。東京でナンパをしている人は、皆口をそろえて、「ナンパするなら渋谷!」と言っていたからだ。

 

ホテルは渋谷から5駅ほど離れた場所に取っていた。

 

ナンパのうまい強者になると、ホテルを取らずに行ったり、2人分の予約(ナンパした女の子の分)を取るらしい。若者は、まだそんな自分をイメージできずに、しっかりと1人分のビジネスホテルを取った。チェックインの時間まではまだ少しあるため、荷物だけ預けて、観光に出ることにした。

 

家族には、東京観光に行くと言ってある。土産話や、土産品も必要と考え、近場を観光することにしたのだ

まずは無難に上野動物園に行くことにした。パンダやゴリラを見て、若者は癒された。それから海鮮丼を食べた。その後アメ横と呼ばれる商店街に行き、「1000円、1000円」というおじさんの声に押され、それが安いのかもわからなかったが、スルメを購入した。

 

若者は人の多さに慣れていなかったので、意識が朦朧とし、再びホテルに戻ることにした。もうチェックインできるはずだ。

 

「本当にこの場所でナンパできるんだろうか?」若者の不安は大きくなっていくばかりだった。

 

ナンパブログを読みながら時間を潰していると、夕方になった。

 

「そろそろ行こうか」

 

17時 若者は渋谷に降り立った。

 

 

しかし若者は、この場所がすぐに場違いな場所だと気付いた。

 

恐い。

スクランブル交差点を渡ろうとした若者の肩に、ガタイのいい男の肩がぶつかった。

「す、すみません」

男は舌打ちして、去っていた。

 

若者は、やっぱり無理だと思った。

すぐに、近くにあった本屋に逃げ込んだ。読みたくもない本を読んで、しばらく時間をつぶした。

 

(東京には美人がたくさんいる。やるぞ)

 

それから再び街中に立った若者だが、とてもじゃないが、声を掛ける自分がイメージできなかった。

 

スマホで電車の乗り換えを調べ、ホテルに戻った。

 

「やっぱり無理だった」

「あんな場所で声を掛けられるわけがない」

 

若者は、歩いている人全てにこう言われているような気がした。

「君にはナンパは無理だよ」

 

「うん。自分にはナンパは無理だ」

 

若者はベッドに仰向けに寝転がって、スマホで風俗の検索を始めた。実をいうと、もしもナンパがうまくいかなかった時は、風俗に行こうと決めていたのだ。

 

でへへ。

ワクワクしてきた。

「東京の風俗にはどえらい美人がいるだ」

でへへ。

 

「やっぱりナンパなんか無理なんだ。はじめっから風俗に行っていればよかった。そのほうが効率がいいばい」

出会いを作り出すためのナンパだったなずなのに、人生を変えるためのナンパだったはずなのに、そんなことはどこかに忘れ去られて、若者は血眼になって風俗の検索を始めた。

 

(よし、決めた)

 

でもその前に夕飯を食べよう。

 

若者は、ナンパをする時の声掛けに、「今日旅行で来たんですけど、まだ夕飯食べてなくて、何かお勧めありますか?」というものを使おうとしていた。見知らぬ女の子と一緒に夕食を食べる。これが今回の旅行の目標だったのである。

それもあって若者は、まだ夕食を食べていなかった。

 

しかし、今の状態では、ナンパなどできそうにない。とりあえず夕食を食べよう。汗を流すためにシャワーを浴びて、若者は再びホテルを出た。

 

時刻は21時だった。若者は池袋に立っていた。

 

(やっぱり、池袋も人が多い)

 

(しかし、風俗といえば池袋)

 

若者は、空いていそうな定食屋に入って、サバの味噌煮定食を頼んだ。

ついでに、ビールと枝豆、冷ややっこも注文した。

(ハァー、最高)

勢いよくビールを流し込む。

(まぁナンパはできなかったけど、ここまで来たってだけで、よくやったんじゃないか)

 

若者は1杯目のビールをすぐに胃の中に流し込んだ。

「ハイボールお願いします!」

ビールを勢いよく飲み干した若者は、すぐに2杯目の酒を注文した。

「サバの味噌煮定食です」

(うん、いける)

 

心なしか、気分が上がってきた。これはもちろんアルコールによるものであるが、若者は、自分の身体に力がみなぎって来るのを感じた。

「いらっしゃいませー」

入口の方に目をやると、ちょうどカップルが入店してきた。男はいかにも東京といったオシャレなイケメンで、女も一目ぼれしそうなほどにかわいかった。

(かわいい)

チラッと目をやって、すぐに目を逸らした。

 

(自分だって、ナンパができれば…)

 

しかしここで若者は気付いた。なんだか、ナンパができそうな気がするのである。

 

(そういえば、いつも読んでいるナンパブログでは、声を掛けられない状態を脱するために酒を飲んでいる様子も綴られていた。もしかして、今ならナンパできるんじゃないだろうか?)

若者は、サバの味噌煮定食をささっとたいらげて、もう一度店員を呼んだ。

「唐揚げとハイボール」

(もう少し飲めば行けそうな気がするぞ)

すぐに運ばれてきたハイボールをゴクリと、若者は不思議な力で自分が包まれるのを感じていた。

 

時刻は22時10分

若者は池袋に立っていた。

人は少なくなっていた。でも、少ないと言っても、都会にしては少ないと言うだけで、地方に比べたら雲泥の差である。

(よし、声掛けてみよう)

あれだけ気になった周囲の目だが、今ではさほど気にならなくなっていた。

(こんなんなら最初から酒飲んでればよかった)

 

若者の目の前に、若者好みの清楚系美女が通った。

(あっ)

しかし、一瞬の躊躇の末に、彼女は駅に吸い込まれてしまった。

 

右斜め前にまた、大人しそうな女の子を見つけた。

(よし、行こう)

(いや、無理だ…)

彼女はすぐに見えなくなった。

 

ふと後ろに目をやると、立ち止まっている大学生くらいの男と目が合った。

(ナンパしてると思われているんじゃないだろうか?)

居てもたってもいられなくなって、若者はすぐに歩き出した。

 

声を掛けられそうな人を探すが、誰もが皆、自分のことを警戒しているのではにないかという錯覚に、若者はひどく苦しんだ。

 

 

それから1時間近く歩いた。誰にも声を掛けられないまま。ただ時間だけが過ぎていった。

 

(あの子かわいい)

一歩足を踏み出そうとすると、身体がズッシりと重くなった。

(今日は無理だ。もうやめよう)

 

しかし若者は、声を掛けることのできない自分への自己嫌悪と満たされない欲求とで、素直に電車に乗ることができなかった。

(23時20分か。すぐに行けば、電車に間に合うだろう。終電まではまだ時間があるべさ)

 

こうして、若者は、風俗街へと向かったのだった。

 

お目当ての風俗店までは、スマホのマップを使ってスムーズにたどり着いた。

(スマホのバッテリーが切れそうだ。まぁ大丈夫だろう)

 

酒を飲んでいなかったら、若者はこの時点で引き返していたかもしれない。しかし、ほろ酔い状態の若者にとっては、このあまりのも怪しいビルも、取るに足らないことだった。

(3階か)

エレベーターの扉が開く直前、若者は少し身構えて、ゴクリと唾をのんだ。

 

カランコローン

(うわ)

しかし、一歩足を踏み入れた若者は、混乱状態に陥った。なぜなら、若者が足を踏み入れた部屋には、そこにあるはずであった目的の店の受付だけでなく、5店舗ほどの受付が乱立していたからである

しかも、その受付に座っていたのは、皆強面のおじさんたちだった。

「どちらの店で?」

「えっ?えーっと」

店名がパッと浮かばなかった若者は、すぐにスマホを取り出して、ネットに接続した。ネットのキャッシュ機能のおかげで、接続した瞬間、目的の店の女の子の出勤ページに繋がった。

「〇〇です」

「左手にどうぞー」

その感情のない声に一瞬ひるんだ若者だったが、すぐに左手の受付に移動した。

 

男が2人いた。1人は20代後半くらいの男で、茶髪の長髪。パソコンをいじっていた。もう1人は40後半くらいの坊主頭の男で、彼はニコリともせず、開口一番こう言った。

 

「今日はお時間どうなさいますか?」

「えっとー…これ使えますか?」

若者は恐る恐る、クーポンと書かれた画面を強面のおじさんに差し出した。

 

「こちらお使いになるとご指名できませんがよろしいですか?」

(えっ?)

若者が一瞬止まった理由を察したのか、強面のおじさんは若者に言った。

 

「ここに書いてあります」

※指名不可

(しまった!酔っていたから見逃した)

若者はパニックに陥った。なぜなら若者は、特定の女の子目当てにこの店に来たのだから。しかし、指名をしたらこのクーポンが使えない。再び若者が一瞬止まった理由を察したのか、強面のおじさんは若者に言った。

「じゃあ別のクーポンでご紹介しましょうか?」

「えっ?」

「こちら45分クーポンですが、この別のクーポン、60分のものですが、時間長くなるんで少し高くなりますが、こちらであれば指名ありでご案内しますよ。ぜひまた来てもらいたいんで」

(お、おじさん)

若者は今にも泣き出しそうだった。

「東京は冷たい人ばかりだよ、気をつけなさい。人が倒れていたって助けもしないらしいじゃない」

これは若者が、かつて聞いた言葉だった。

 

(違ったさ。東京は優しいとこだ)

 

「それでお願いします」

「ありがとうございます」

心なしか強面のおじさんの雰囲気が柔らかくなった気がした。

「ご指名はこちらからお願いします」

強面のおじさんは、2枚のパネルを受付の台に並べた。

 

(えっ?)

並べられたパネルには、

若者お目当ての女の子はいなかった。

 

嫌な汗が、若者の背中を伝った。

(最初に確認しとくんだったー)

出された2枚のパネルには若者お目当ての、Gカップ美女はおらず、地味目の黒髪の女の子と金髪の女の子が無表情でうつっていた。再び若者が一瞬止まった理由を察したのか、強面のおじさんは黒髪の女の子のパネルを指さしながら若者に言った。

「こちらの子お勧めですよ~」

「へへっ」

若者は愛想笑いを無理やり作った。

 

(どうする?でもここまで話して、やっぱやめますとか言ったら、おじさんキレるんじゃなかろうか)

若者は、ほんの少しだけ強面のおじさんに心を開いていた。

なぜなら東京に来てからというもの、若者はこれだけ長く人と会話する場面がなかったからである。

 

若者は、強面のおじさんの期待に応えたいと思い始めていた。

 

「この子でお願いします」

若者の手は少し震えながら、でもたしかに若者の人差し指は、1枚のパネルの上に載っていた。

 

黒髪の女の子の上に。

 

 

「前金で22000円です」

(高っ)

 

 

「はい」

「ホテルはどちらにします?」

「あっ…」

「希望なければここでどうですか?」

「120分4000円です」

「そこでお願いします」

「ではこの番号でお取りしておきます。ホテル着きましたら電話下さい。ホテルの場所は、ここ出てすぐ左に曲がっていただいて、道なりに進んでいただいて、〇〇の隣のビルです」

「ありがとうございます」

 

若者は渡された紙を受け取って、ポケットにグシャっと入れた。

(時間がマズいな)

しかしだからと言って、若者にここで帰るという選択肢はなかった。

もはや若者は、ベルトコンベアに乗せられ、有無を言わさずイチゴを載せられるのを待つだけのスポンジケーキだった。

 

ビルを出て早足で歩いた若者だったが、目的のホテルは見えてこなかった。実を言うとこの若者、方向音痴だったのだ。

(急がないと)

紙の地図では自分の居場所がわからないと地団駄を踏んだ若者は、すぐにスマホの地図アプリを開いた。

 

(うわっ、反対方向に行ってるし)

若者は走った。

羽織っていたパーカーを脱いで走った。汗が一滴頬に伝ったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。若者は走った。嬢の待つ場所へと。

 

(ここだ)

 

「お願いします」

「もういらしてますので、そのまま入ってください」

 

 

若者が道に迷っている間に、すでに女の子は到着していたのだった。

 

若者は、汗だくの状態で部屋に入っていくのに躊躇したが、だからと言って、どうすることもできなかった。

 

コンコン

「はい」

「こんばんは」

「こんばんは~」

どちらともなく挨拶をした。

待っていた女の子の笑顔を見た瞬間、若者は救われた気がした。

ここに来たことは間違いではなかったと思った。

「遅くなってすみません」

「大丈夫ですよ~。お店に電話しちゃいますね」

「はい」

 

「今お客さん着きました。はい、は~い」

「すみません。シャワー浴びますか?」

「はっ、はい」

「汗かいてますね。暑いですか~?」

「ちょっと迷って、走って来たんですよw」

「そうだったんですかw」

「じゃあシャワー浴びましょう」

 

若者はすぐに服を脱いで、シャワールームに直行した。

「お待たせしました~」

遅れてやってきた女の子の身体を見て、若者のワカモノは田舎のヤンキーばりにいきり立った。

「大っきいですね~w」

「へへっ」

若者は、シャワーの蛇口をひねり、お湯の温度を手で確かめている女の子の横姿をまじまじと見つめた。

 

シャワーを浴びるために後ろで縛った黒髪は、ツヤツヤと輝いてまぶしいほどだった。身長は160cmないくらで、胸はEカップはあるだろうか。お目当ての女の子の胸はGカップだったが、そんなことはどうでもよくなるほど、大きくてきれいだった。後ろを向いた時に目に入ったお尻も、触らずともわかるほどにスベスベだった。

若者が見つめていると、彼女は若者の方を見てニコッと笑った。

大きな瞳とプックリとした唇が目に入った。

 

「洗いますね」

「はい」

「暑くないですか~?」

「大丈夫です」

 

彼女の手が、若者のワカモノに伸びてくるのを感じた。反射的に、クネッと若者は身をよじらせた。

「くすぐったいですか~?w」

 

若者の幸せバロメーターは、MAXを指していた。

 

シャワーから出た若者と彼女は、一通りのヘルスプレイを行った後、洋服を着て帰る準備をしていた。

 

「帰り電車ですか?」

「はい」

「終電大丈夫ですか?」

若者は、この非日常なひと時に恍惚としていて、時間が経つのを忘れていた。時計を見ると、若者が乗る予定の電車の終電の5分前だった。

 

(マズい)

しかし、若者は、焦って取り乱している様を、彼女に見せたくなかった。

 

「大丈夫ですよ」

 

「また会えたらうれしいです」

「また来ます」

 

若者は駅に向かい、女の子は店の方向に向かって歩き始めた。

 

女の子が見えなくなった瞬間、若者は歩を速めた。

それからやっぱり、若者は走った。羽織っていたパーカーを脱いで走った。汗が一滴頬に伝ったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。若者は走った。終電の待つ場所へと。

 

しかし努力の甲斐なく、若者が乗る予定の電車の発車時刻は訪れた。

 

(終わった…)

 

こんな時間でも、東京の街にはまだたくさんの人がいた。

(幸せそうにしやがって)

若者の目線の先にはカップルがいた。若者は、人目憚らず泣き出してしまいそうだった。

 

何か帰る方法はないかと、スマホを取り出してネット検索をする。若者の気力と同じように、スマホのバッテリーも底をつきそうだった。

 

(タクシーか…)

(お金、もったいないな)

しかしそこで若者は気付いた。

お金は足りるだろうか?

 

予定よりも多く風俗で使ってしまったことで、若者の財布には2000円しか入っていなかった。そして運悪く、なくさないようにと、銀行のカード類はホテルに置いてきていた。

 

(どうしよう?)

ほんの一瞬だが、若者の脳裏に希望の光が灯った。

(ナンパすればいいんじゃないか?)

(こんばんはー。今旅行で来てるんですけど、終電なくなっちゃって困ってるんですよー)

しかし若者の希望はすぐに消え去った。若者にはもはや、ナンパ欲がなくなっていた。若者は彼の欲を、ラブホテルのゴミ箱に置いてきてしまっていたのだ。若者はもはや、牙の折られたオオカミだった。弱った羊が目の前を通っても、甘噛みくらいしかできないだろう。

 

若者は決めた。

(よし、歩いて帰ろう)

 

バッテリーの少なくなったスマホを手に取り、地図アプリを開く。

 

目的地を打ち込む、

現在地から、

 

1時間半。

 

 

若者は飲み食いしたものを吐き出しそうになったが、それでもゆっくりと歩き始めた。

 

トボトボと歩く若者は、

 

泣いていた。

 

(何やってるんだろう?ナンパしに来たんじゃなかったのか?かわいい女の子と遊ぶんじゃなかったのか?)

 

若者は声を上げて泣いていた。人通りは皆無だった。

 

若者は、歩いても歩いても、たどり着ける気がしなかった。スマホのバッテリーは今にも切れそうだった。

 

(ここで切れたらマズい)

 

その時若者の目に、ある店の看板が入った。

 

 

漫画喫茶だった。

 

 

若者は、明かりに惹きつけられる虫のように、とくに考えもせず、漫画喫茶に吸い込まれていった。

 

(もう歩けない)

 

帰る気力を失った若者は、お得な10時間パックをオーダーし、漫画喫茶で疲れを取ることにした。

 

その夜若者は、もう無理と、限界が訪れるまで、少し冷房の効きすぎた店内で、「ナンパ 無理」「ナンパ 声掛けられない」と、やり場のない思いをパソコンに打ち込み続けた。

 

そして若者は、この得体の知れない悔しさのようなものを忘れないように、充電器を借りて息を吹き返しつつあるスマホのメモ帳に、「風俗はどえりゃー恐いとこだー」と書き残した。

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